第755回 「道の駅なかとさ」 オープン。

7月8日

新鮮な魚で有名な中土佐町 久礼新港に、中土佐町初の道の駅が6日、先行オープンしました。高知自動車道の中土佐インターチェンジからおよそ3kmで、漁師町の道の駅、「なかとさ」です。

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この立地、ホントに海のすぐそばです。

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絶景の宿で有名な黒潮本陣(写真右上)の眼下に、木造平屋造りの直販所やレストランなど4棟が集まっています。イチゴ農家によるケーキショップ「風工房」もイタリアン&スイーツとして、こちらに移転オープンしました。駐車場も75台分とゆったり。

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中でも「浜焼き 海王」は、オープン前からずらっとこの行列!一体どれくらいの時間待ったら、お昼にたどり着けるのでしょうか?(笑)

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こちらで食べるのは断念しましたが、店内はこんな感じでした。

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直販所「マルシェなかとさ」には、新鮮な海や山の幸がたくさん。

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伊勢エビやイカなどの生け簀の魚介類を購入したり、その場で食べたりできるようです。

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これ、面白かったですよ。「夫の為のかます」と「妻の為のかます」。
夫の為のかますは普通のかますの開きで、妻の方は「一般には販売されない特大サイズで脂がのってます!」ですって~。(笑)ちなみに、「夫」が2枚で250円、「妻」は1枚で380円でした。

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「岩本こむぎ店」はパン屋さん。ここの行列もすごい!入場制限していましたが、なんでこんなに??と不思議でした。夕方のニュースを見ると、久礼で15年ぶりに誕生したパン屋さんなんだそうです。確かに、パンを買いに町外に出て行く事を考えると、そりゃあ嬉しいでしょうね。小麦も北海道のものだそうですし。

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そして、こちらが新生「風工房」。カフェレストランになりました。
ここの苺のケーキは、もはや伝説レベルの美味しさです。

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もう7月になったので、残念ながら苺のケーキは作られていませんでした。

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魚介系のお店が行列だったので、こちらが穴場かな?とランチを取りました。
風工房は12時半オープン予定を繰り上げ12時前にオープンしてくれたので、暑い中、助かりました。

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ミートソースのパスタ(単品1000円)とちりめんじゃことにんにくパスタ(単品1000円)を注文。ところが、中村のミートソースが来てからもなかなか私のちりめんじゃこパスタが来ません。私達は2番目に入店したのですが、満席になって後から来たお客さまの料理が次々に運ばれてくるのに、いっこうに来ません。中村がミートソースを食べ終わる頃、さすがにしびれを切らして催促しました。

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「お待たせしました」だけで置かれたパスタ…。もう中村は食べ終わっています。こんなに時差があるのは、明らかに出す順番を間違えたのでしょう。忙しいのは分かりますが、こういう場合こそ丁寧なお詫びがあれば、こちらの気持ちも変わってきます。お待ちのお客さまもいらっしゃるし、ケーキはまた今度にしようかとなりました。

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海のそばという立地から、津波など不測の事態のために山の上の黒潮本陣まで避難階段が設置されています。(使わないに越したことはありません。)ドッグランも設置されており、15日のグランドオープン後はさぞ賑わうことでしょう。

今後 町外からのお客さまをいかに安定して惹きつけていくのか、課題はあるでしょうが、ぜひ頑張って頂きたいなと応援しています。

第752回 「宿毛歴史遺産②」

6月17日

高知県の西南部、宿毛市の歴史遺産のご紹介、2回目は「浜田の泊り屋」です。
「なにそれ、旅館?」と思われるかもしれませんね。(笑)
昭和32年に国指定の重要有形民俗文化財となった、木造の建物です。

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田園地帯の奥に、地区の集会所と並んでひっそりとたたずんでいます。泊り屋とはかつて地区の未婚の若者たちが泊り込み、「若衆組」として地域での青年団や警察官的な役割を務めていた場所です。

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泊まり屋は 集落の行事や運営、夜間警備、祭りや地方の風俗を継承するための社交の場で、若者の活動拠点となっていました。彼らは農繁期には強力な助っ人として、重要な存在だったことでしょう。

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幕末から明治にかけて、幡多地区だけでも百数十箇所の高床式の泊まり屋があったそうです。しかし若者のたまり場となり、風紀が乱れるという理由で次々に取り壊され、残っているのはこの芳奈地区の4つだけとか。

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中でもこの浜田の泊り屋は、栗の自然木を四隅の柱に使った最も風格のあるものです。中は畳敷きのようですが、その様子は残念ながら伺えません。

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床下には、力比べや鍛錬に使ったものでしょうか、力石と呼ばれる大きな石が今も残っています。

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このハシゴを使って、上っていたのでしょうね。
郷愁を誘う建物ですが、外から眺めるしかないのが残念です。

~と思っていたら、いいものを見つけました!
宿毛市の道の駅「すくもサニーサイドパーク」敷地内に建っているのは…

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浜田の泊り屋:再現版です。本物よりも、二階の高さがありますが…
宿毛市ロータリークラブの40周年記念事業として建設された、お遍路さんの茶堂です。

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こちらには階段があって、安心。

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中はこんな感じです。木のイスがいくつか並べられていました。

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二階からの海の眺望が絶景なのに、びっくり!!
あいにく曇りの夕方だったため光の具合が良くありませんが、絵のようにきれいでした。
付近の海岸は冬場には、「ダルマ 夕日」の名所としても知られています。
宿毛の小さな歴史を感じて頂けましたでしょうか?(笑)

第751回 「宿毛歴史遺産①」

6月10日

先日 宿毛市を訪れた際に、宿毛の歴史遺産とも呼ぶべきものをいくつか見て回り、非常に興味を覚えました。いくつかをご紹介しましょう。

■林邸
宿毛文教センター(宿毛市中央2丁目)の南には、林有造・譲治邸があります。高知県幡多地域で自由民権運動の拠点になり、明治から昭和にかけて3代にわたって国務大臣を輩出した林家の住宅です。

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林邸は 林有造が明治22年に建て、近代の政治家住居として貴重な建物ですが、築120年を超えて経年劣化が見られるため、寄付された宿毛市で改修し歴史観光の拠点にする計画が進んでいるようです。

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入口には、林有造・譲治親子の説明書きがあります。
林有造は自由民権運動家としても活躍した明治・大正期の政治家です。次男の林譲治は衆議院議長も務め、吉田茂が首相の時には副総理でもありました。実父が宿毛市出身の吉田と、宿毛市出身の林の組み合わせから「宿毛内閣」とも呼ばれたそうです。(初耳でした)

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この建物は、林有造、譲治、迶(ゆう)と三代続けて大臣を務めた林家の象徴でもあります。屋根が老朽化で一部崩れ、シートで覆われていました。
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上は植物を、下は宿毛湾の波をデザイン化した玄関の彫刻。120年たっているとは思えない見事さです。早く改修が進んで、公開されるのを楽しみに待ちたいですね。

■宿毛城址
さて、林邸から300mほど北に宿毛城址があります。30年前、宿毛市に住んでいたのに当時はまったく興味がなく、行ったことがありませんでした。

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城跡と言っても、戦国時代の城は砦(とりで)程度のものです。
戦国時代の末、松田兵庫がいたので、もと松田城と言われていました。

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その後 長宗我部氏が入り、関ヶ原合戦の後は山内氏が入っていましたが、その後幕府から一国一城令が出されたため、それにしたがってとり壊されたそうです。

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小さな小山に、今は石鎚神社という神社があるだけです。

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階段を上った所から、すぐ横を流れる松田川が見えます。今は訪れる人もいないのか、参道は草木が生い茂り、ちょっとためらいを覚えるほど荒れている感じでした。

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途中で、急勾配の階段と比較的ゆるやかな坂道の2つに分かれています。距離はたいしたことないんですが、結構勾配がきつかったのと蛇がいないか用心して登ったので、後で筋肉痛になりました。(笑)

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頂上に到着。思ったより狭い。

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とにかく忘れ去られ、荒れ果てているという印象でした。
なんだか、「荒城の月」を思い出すような光景でした。

昔の光、今いずこ…

ちょっとコアな所をご紹介しましたが、
次回は気軽に散策できる歴史遺産をご紹介しましょう。