第805回 「大阪北部地震、お見舞い申し上げます」

6月23日

先週の2018年6月18日(月)7時58分頃、大阪府北部を震源とした最大震度6弱の地震が起こりました。お亡くなりになった方々に、心よりお悔やみを申し上げます。また被災された皆さまには、謹んでお見舞い申し上げます。

その日はたまたま、仕事で東京にいました。高知に帰るためにホテルで朝 荷造りをしていた時、テレビで地震速報が流れたのです。心が冷えました。

私が心理学の勉強を始めたのは大阪、大学は兵庫だったため、関西には沢山の友人知人がいます。幸いフェイスブックをやっている友人が多く、安否確認に非常に役立ちました。メッセージを送ると「大丈夫」と返信をくれたのですが、25階の高層マンションに住んでいる人は階段を使わなければならず大変とか、ライフラインのうちガスの復旧が遅れているとか色々あるようです。何より、皆さんいまだに心が安まらないことと思います。どうか、一日も早く復旧できますように。

高知も南海トラフ地震という命題を避けて通れず、人ごとではありません。海沿いの町などを車で通る時に「低い堤防の下に建物が並び、地震の時  津波は大丈夫なのか?」と心配になることがあります。しかし先週整体に行った時、先生に興味深い話を伺ったのです。

先生が以前、海岸沿いのある地区の高齢者に訪問整体に行った時、昭和の南海地震の話を体験者から聴いたそうです。事前に予兆を感じ取り、地震の時には全員すでに山へ避難が終わっていたとか。私は驚いて、訊きました。

「なんで地震が来るのがわかったのですか?」
「昔は井戸が沢山あったけど、その水がすべて水位が下がって、以前の地震を体験した古老が地震が来る、避難しろ!となったらしい。」
「えっ!?」
「それと、海水が沖にザーッと引いていったらしいです。犠牲者は一人だけ。船を見に行くと戻った人だけが亡くなったとか」
「…でも、以前は井戸があったけど、もう そうはいかないですね」
「だから僕は自分の子どもには、川の水位に気をつけろと言ってます。」

なるほど!水位も連動してるから、川の水位が異様に下がったという時には気をつければわかるのですね。そういえば99歳で亡くなった祖母も、南海地震の時には上ノ加江(かみのかえ)という港町に住んでいたのですが、津波の前には海水がかなり沖の方まで引いて海底がむき出しになり、魚があちこちではねてつかみ取りできたという話をしていました。

こちらは地震ではありませんが、中村から聴いた話です。
「筒井さん、都会での電車移動の時には荷物になりますが、ペットボトルの水を持ち歩くようにした方がいいですよ」
「なんで?」
「僕の知り合いが、真夏に何かの事故で電車が立ち往生して、何時間も閉じ込められたんです。たまたま水を持っていたから良かったけど、そうじゃなかったら脱水になってたかもしれません」

なるほど。最近、電車の事故も多いですから。女性の私には500mlは重いけど、350mlなら何とかなるかもと思いました。

様々なサバイバルの知恵、大切にしていきたいです。

第804回「ここから、また やってみて」

6月15日              (中村 覚)

先日 押入れを片付けていると木箱が出てきて、その中に封筒の束がありました。未使用の状態だったので今も使えるのですが、もう使う時もそうないかなぁと思っていると束の間から一枚の写真が出てきました。

写っているのは祖母です。祖母が趣味のパズルをしている何気ない写真です。観光地や特別な日に、「ハイ、ポーズ」パシャリ! ではなく 自然な写真を撮りたいなと思い始めた頃のものです。

で、その何気ない写真を何年かたった後に、他愛のない昔話をするように「(この時を)、覚えている?」と相手に渡して、ちょっと喜んでもらえないかなと。なにもこれは相手が祖母に限ったことではなく、そういうことをしたい時期でした。

時間の経過による写真の効果を考えると1~2年では面白くなく、5~6年は寝かした方が良いはずです。そうなると私自身がその写真の存在を忘れているぐらいがちょうどです。いつも目に入る所に置いてあると、つい相手にすぐに渡してしまいたくなりますから。

それを考えると、今回の封筒の間にしまい込んでいたというのは、けっこう お利口さん。(笑)

写真の裏を見ると08年4月と書いてありますから、知らず知らずの間に10年ものの写真に仕上がっていました。10年ひと昔、熟成度もバッチリ。

ところがです、祖母は3年前に他界したので 実は渡しそびれたのです。写真をしまい込み過ぎ。寝かし過ぎ! あ~ぁらら…。

祖母はジグソーパズルを最初 100ピースから始めて、慣れてきた頃には1000ピースのものを3ヵ月に1つは完成させていたように思います。1000ピースともなると難易度も上がります。一面に広がるまっ白な白銀の世界、 雲一つない青空、こういった部分を組み上げるとなると、80歳を超えた祖母にはけっこう骨折りだったはずです。

ということもあり 2週間に一回ぐらい祖母の家に行き、パズルの途中経過を見ていました。パズルはちゃんと合っている場合、もちろんパチッと はまるのですが、間違っていても、少々力を入れれば はまります。(老眼の祖母には正解のように見えるわけです。)でもそうすると、そこから先、また力任せに次のピースをはめ込むことになり、やがては まったく はまらなくなります。

最初の頃は、まだ慣れないこともあり かなり間違って組み合わせていたので、私がパッ、パッ、パッと無造作に10ピースぐらい外したことがあったのですが…。

これがいけませんでした。

祖母からすれば、何時間もかけて作ったのに、こんなにも間違っているの? そんな気持ちが強かったと思います。 ぼそりと言いました。「もう ようせん(できない)。」

これ以来、間違って組み合わせた部分がたくさんあっても、外すのは3ピースぐらいにとどめて、あとは祖母に気付かれないように正しく組み直すようにしました。

「ここから、また やってみて。」

楽しくパズルをやっている人のやる気を削いで、どーすんの?
今ならわかります。若かったなぁ…。
そんな思い出の写真です。

第803回 「ほほえましい子どもたち」

6月10日

私の母は 庭で花を育てるのが大好きで、沢山の花を育てています。

ある雨上がりの日のこと、インターホンが鳴って玄関に出ると、小学校3年生くらいの男の子がしょんぼりと立っていたそうです。
「ぼく、どうしたの?」と聞くと、
「ごめんなさい。傘をふり回していたら、花を折ってしまいました」

学校帰りに傘を回して歩いていたら、たまたま塀の外へ伸びていた花に当たって茎が折れてしまったんですね。怒られると思ったのでしょう、泣いていたそうです。

「大丈夫。大丈夫。お花は、雨が降ったらまた一杯伸びてくるからね」
と母が言うと安心して帰ったそうですが、なんていじらしい!(笑)

子どもの頃、桜の木を切ってしまったことを正直に父親に話したリンカーン大統領の話を思い出しました。その子もインターホンを鳴らす時には、さぞかし勇気がいったことでしょうにね。えらいなあ。こういう体験から気概=困難にくじけない強い意志が育まれるのかもしれません。

怒らずに「大丈夫」と言ってくれた母の言葉に、その子もさぞ救われたことでしょう。83歳の母は、日頃から登下校時の子どもたちに「行ってらっしゃい」「お帰り」と声をかけています。こういう地域コミュニケーションって、大事ですよね。

そう言えば数ヶ月前、私が庭にいる時にやはり小学校低学年の男の子たちが数人、「すみません、今、何時ですか?」と話しかけてきたことがありました。

「○時○分よ」と言うと、人なつこく「ありがとう」と言ってました。胸に下げてた防犯ベルを私が指さして、「それ、カッコいいねえ」と言うと大声で、「これねえ、電池がないき、鳴らんなっちゅうが!」(笑)
少年よ、それを道ばたで他人に言っちゃあダメだよ~!

「じゃあ家に帰ったら、電池を替えてもらいなさいね」
「うんっっ!!」(笑)ニコニコの笑顔。子どもって愉快ですねえ。

昔はピンポンダッシュが流行って困り果て 学校に電話したこともありましたが(お陰さまでピタッと収まりました)、地域に子どもの声が響くってやはりいいものですね。

今、日本は不誠実な大人の言動が何かと世間を騒がせています。子どものまっすぐな気持ちを大人も改めて見習わなければいけないなあ、と学びを頂いたことでした。