第707回 「涼歌、30歳になりました」

7月30日

長女、涼歌(すずか)が先日、30歳の誕生日を迎えました。

707-1b

以前から「Weekly N」をお読み下さっている方はご存じでしょうが、私の長女涼歌は生まれた時の医療ミスにより、脳性麻痺の障害を持っています。手足が不自由で知的障害もあり、養護学校を卒業した後 デイサービスに通所しています。

2003年から2008年までは、弊社のホームページで「気ままにDO!」を連載してくれました。涼歌が文章を考え、私がパソコンで打ち込む形式で65回綴りました。(現在はトップページのバックナンバーにあります。)車いすながら、彼女なりに穏やかに日々を過ごしていました。…24歳までは。

すべてがひっくり返ったのは、あの東日本大震災でした。震災1週間後、溢れる震災の映像で彼女は心の病にかかってしまったのです。あんなに人とのおしゃべりが好きだったのにコミュニケーションが通じなくなり、あんなによく笑っていたのに、表情が動かない。眠らない、食べない彼女に、家族も振り回され、どれだけ泣いたことでしょうか。

まったく食事をしないと衰弱するので、口を無理矢理でも開けて食べさせるのですが口を閉じて抵抗するので、毎日が戦争でした。夜中じゅう、大きな声で独り言を言うため私は夜眠れなくなり、昼は仕事ですから精神的に参ってしまいそうでした。

しかし、以前の身体障害を乗り越えた経験があるので、そのうち「泣いているだけでは何も変わらない。あるがままのこの子を受け入れなければいけない」と気がつきました。「過去と他人は変えられない。変えられるのは今、ここにいる自分と未来だけ」という交流分析の言葉に救われました。

「時薬(ときぐすり)」とはよく言ったもので、時間と共に薄紙をはがすように症状が少しずつ落ち着いて来ました。

24歳までは、デイサービスから送迎車で帰ってきた第一声は「お母さん、今日の晩ご飯は何?」でした。震災以降は意味の通じるやりとりが一切できなくなっていたのですが、数ヶ月後のある日、帰るなり久しぶりに「今日の晩ご飯は何?」と聞いてきたのです。涙が出るほどの嬉しさでした!日頃の何気ないコミュニケーションって、こんなにも貴重なものなのだと彼女に教えられました。

今は話が通じる時は半々くらいでしょうか。薬を使わなくても眠れるようになり、食事も好き嫌いがあるもののなんとか食べてくれるようになり、体重も戻りました。以前のように頭の中だけでコラムの文章を作れた能力は失われてしまいましたが、もう「生きてるだけで良いよね!」と主人と笑い合っています。

今、私はこの体験をリハビリテーションカレッジと准看護学院の授業の中で、お話しさせて頂いています。これから医療の現場に出る皆さんに、障害児育児のことや家族の思いを少しでも知ってもらえたら、という願いからです。

先日は、年に一度の家族旅行に徳島に出かけました。涼歌はホテルに泊まって美味しいものを食べるのが大好きなのです。介護者はヘロヘロになりますが。(笑)

707-2

ルネッサンスリゾートナルトのアクセシブル(バリアフリー)ルームです。次回、ここについては改めてリポートします。

大塚国際美術館を巡りながら、家族4人で静かな夏を楽しみました。まあ涼歌はレストランの方が楽しかったと思いますが。(笑)

707-4

今後も、穏やかな日々が続きますようにと「スクロヴェーニ礼拝堂」で祈ったのでした。

707-3