第808回 「お隣の昔話」

7月13日               中村 覚

読みかけの本を持って お昼を食べに店に入ります。食事が運ばれて来るまで読むつもりが、面白くて食事がきてからもついパラパラとやっていました。気が付くと、1mも離れていない隣の席の話し声が聞こえるともなく聞こえて来ます。頭髪が白くなった男性2人の会話です。カメラの話をしているようで「最近は何につけ、許可をもらって撮らんといかんので、面倒になったな。」などと話しています。言外に「昔はそんなわずらわしさはなくて良かったよな」そんなふうに感じます。

カメラのことはわかりませんが、懐古趣味のある私は「その気持ち、わかるなぁ」と。(笑) それから話は 日本製品と外国製品の比較や朝鮮戦争の時、寒い現地で活躍したカメラや難しい機種名が出てきて、話はどんどん専門的に。こうなると自然と気持ちも読んでいた本に戻るというものです。

ところが、カメラはカメラでも今度は映写機の話になり、「昔、ロードショーは(映画館の)中央の座席はちょっと料金も高い時期があったなあ。」と。(えっ!? そんなの初めて聞くし…。) ちょっと背伸びをしたら手が届きそうな昔話は大好きなので、読みかけの本よりこっちの方が断然、面白そうと心変わりしました。

「お話し中、すみません。 あの、昔は中央の座席、値段が高かったんですか?」と2人の間に割り込んでしまいました。「なんじゃ、コイツは?」と思われるのは覚悟していたのですが、この後 しばらく話に混ぜてもらうことができました。もちろん私はもっぱら聞き役です。何も知らない私が入ってきたので、わかりやすいようにと話題に補足説明を加えてくれ、話すスピードも若干落としてくれたような気がしました。 どうもお2人の内、一方の方は映写技師をなさっていたようです。

昔の映画業界のことを「そうかぁ、そういうことがあったのかぁ。」と興味津々、お聞きすることができました。もちろん全てを理解できたわけではないですが、楽しい時間を過ごさせてもらいました。
話の中で、特に印象に残った話題を1つ。

「封切りしたばかりの映画」 この表現、今まで聞いたことはありましたが、「封切り」の意味は「公開」と考えていました。もちろん意味はこれで通りますが、教えてもらった話によると、昔は映画フィルムを入れ物から取り出して機械にセット。この時 開封する、封を切っていたから、「封切り」と言ったそうです。

封切りされたばかりのネガフィルムは映像がきれいで、初めて大阪で「封切り映画」を観た時のことは今も覚えていると おっしゃっていました。当時はフィルムですから、上映を繰り返している内に画面に線が入ったりして、次第に劣化していくわけです。高知などの地方に回ってきたネガは、それ相応の状態だったのかと想像します。しかし、劣化したフィルムしか見ていなければ、何も不満はなかったのかもしれません。公開する順番によって画質が違っていたというのは今の時代では考えられないことだと思いました。

ところで、最近の映画館は昔のように何度でも観ることができません。ほとんどの館が、1回観たら退室です。こういった状況の中でも、ついつい上映時間に遅れてしまうお客さんは今もいるわけです。もちろん遅れたからといって入場できないわけではありませんが、その時は座れる席がかなり限られてくるそうです。既にご覧になっているお客さんの迷惑になってはいけないという理由から、端の方の座席に限定されるらしいのです。

実は先日、映画館でスタッフの方からこの一連の説明を受けている年配の男性を見ました。その方はしぶしぶ「わかった。」と納得したようでしたが、「昔は違った。『ちょっと すんません』と会釈して、座っている人の前を通ったもんや」とつぶやいていました。

こういったこと全部含めて、映画館の移り変わりを感じたことでした。