第829回 「TOTAL ENGLISHとビンセント君」

12月8日

今年は長年の人生の2つの宿題が、立て続けに解けたようでした。1つは第825回でご紹介した「めもあある美術館」が掲載された小6の国語の教科書に再会できたこと。今日はもう一つのお話です。

私が中学生の頃の英語の教科書は少し変わっていて、TOTAL ENGLISHという三省堂のものでした。Vincent(ビンセント)君というアメリカに住む同年代の少年が出てくるお話があり、もう40年ほど、なぜかその教科書をもう一度読みたくて読みたくて、ずっと探し求めていました。

そしてついに今年のバースデープレゼントに、オークションから掘り出したそれを頂いたのです。昭和47年(1972年)前後の しかも、1年~3年までの、3冊コンプリート!大感動の再会でした。

教科書は暗い宇宙から見た地球が背景で、その前にアンデルセン、ベートーベン、エジソンが載っています。アポロ11号が月に着陸したのが1969年ですから、出版のわずか数年前。だからこその絵柄だったのでしょう。

この本の持ち主は男の子だったようで、教科書は落書きだらけ。(笑)でもよくぞ、長期保管してくれました!オークションにも出してくれました!とにかく嬉しすぎて、いっぺんに読むのがもったいなくて、毎日少しずつ音読しています。

これがVincent(ビンセント)君です。この挿し絵のペン画もかなり印象的で、アメリカの雰囲気が伝わるようで大好きでした。1年の教科書のStep12 で、彼はロシアの友人、Stanislas(スターニッスラース)と2年間テープを送り合って文通していると出て来ます。(飛んでるのはCDじゃなくて、オープンリールテープですよ!?)

2年の教科書Step14は、タイトルがおしゃれで「From Russia with Love」.ロシアより愛を込めて、って映画のタイトルにありましたよね。なんて粋な教科書でしょう!
Stanislasが突然、Vincentに電話をかけてきます。ロシアのピアノコンクールで優勝し、ニューヨークの世界大会に来たので会えないか、とのこと。今と違い、気軽に飛行機に乗れる時代じゃありませんでしたが、Vincentは両親に見送られ、初めて飛行機でニューヨークへ。二人は初めて会えたのです。

Stanislasは世界大会では2位の結果でした。(1位は日本の少女でした)がっかりして「僕は君が1位だと思う」と言うVincentに、Stanislasは「まだ僕のピアノは世界一じゃないけど、君は世界一の友達だ」と言います。「それに僕は、希望を失ってないよ。There is always the next time.(いつも次があるさ)」

いや、なんだか今読んでもグッと来ます。すっかり忘れていましたが、そうか!私はこの人間ドラマが大好きだったんだ!!

この教科書はとにかく、しっかりとした主軸があるのに感心させられます。中2のStep12では、Vincentの大学生の兄のBobが作文コンテストで優勝しますが、なんと「What is happiness?」(幸せとは何か?)というタイトル。

…地球上には素晴らしい生命がある。私たちは宇宙に命をもたらし、その秘密を見つけようとする。自分自身を見つけるために。「We work in order to find ourselves.」(自分自身を見つけるために)なんて深い表現でしょうか。

3年生では、オズの魔法使いやハリー・フーディーニという脱出王の話、キツネの襟巻きが好きなMiss Brillの話など、一般のお話が長編化していきました。あ、だから私、Vincentがメインの2年の教科書が一番好きだったんだ。今になって納得です。

著作者は、WILLIAM L.CLARK 氏、それに東京大学名誉教授の英語学者、中島文雄氏ほか。そりゃ、軸がしっかりしているはずです。中学生にも手加減せず、真っ正面から人間としての投げかけをする気概を感じます。それが一部で「中学生には難しすぎる」と敬遠された由縁でしょう。

当時はアメリカとソ連が冷戦の真っ只中。でも、中学生の私たちが大人になる頃にはVincentとStanislasのように手を取り合って、きっと世界は平和になれるはず!と、教科書を通じて明るい未来を信じさせてくれました。そしてそれはこの教科書を作った先生方の願いでもあったのでしょう。

今読んでも素晴らしい教科書ですが、残念ながらこの後、三省堂は倒産してしまいました。今も三省堂のTOTAL ENGLISHは教科書としてありますが、中身はまったくの別ものです。大人になって改めてこの教科書と対峙できて、新たな感銘を頂けたことに感謝です。