第922回 「コロナは人間性を試されるもの」

9月26日

次女が孫を連れて帰った後、某新聞の秋の読者委員会に向けて、情報収集と勉強の日々を過ごしていました。この年になっても政治など苦手な分野を勉強するときは、まるで高校生のように気ばかり焦る毎日。(笑)ああ、頭の良い方がうらやましい!
それがやっと一段落して、心から安堵しています。

そんな中で印象に残っているネット記事があります。清水 久三子さんの【コロナが試す「人間性のテスト」で問われること】の中の文章です。

ドイツのシュタインマイヤー大統領は国民向けのスピーチでこのようなことを述べています。「新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は戦争ではない。国と国、兵と兵が相対しているのではなく、私たちの人間性が試されている。最高の姿を示そう」

人間性が試されている?… 確かに!と思いました。
コロナ禍に直面し みな不安なのは同じだと思うのですが、そこで感染者探しをして、誹謗中傷や攻撃をするのか?逆に、人の辛さや痛みを思いやれるのか?
「あなたはどちらですか?」という問題を出されているように思ったのです。

誹謗中傷や攻撃はフラストレーション解消に役立つかもしれませんが、
効果は一時的で、人との関係性を壊します。
逆に思いやりは、他人に優しくできる自分に自己肯定感が高まり、人も喜んでくれて嬉しさが増し、人間関係が良くなります。その効果も持続しやすいことでしょう。

だから少しでも、プラスの行動をしてみるといいのでしょうね。
「近所の人に笑顔であいさつしよう」
「お先にどうぞ、と順番を譲ろう」
「誰かに、もらった梨をお裾分けしよう」とか。
プラスの行動を考えることで、感情もプラスになると思います。

昨日は「医療コミュニケーション論」の授業で、「視覚障害がある高齢者」役の人を誘導するワークを学生の皆さんにやってもらいました。その後のレポートには
「思っていたのと全然違って、怖かった」
「視覚を奪われることで、こんなにも不安を感じるのだと知った」
「これから、点字ブロックの上にあるものはのけようと心に決めた」
などの素直な感想がたくさん寄せられました。

人間は、自分とは違うものを排斥する傾向があります。
人種差別など、その最たるものでしょう。
それはわかった上で、自分と立場が違う人のことをどう思いやるか?
実は、コロナに日々試されているのかもしれません。

このテストには合格できるように、心を磨きたいものです。

第921回 「せられん!」

9月19日

いや~、もう 朝から大笑いです。
今朝の高知新聞に載っていた、三山ひろしさんが昭和54年にヒットした土佐弁ロック「せられん」をオファーされ、YOU TUBE で公開したという記事。
早速見ました、聴きました、笑いました!なつかしい~!(笑)
クリックしてみて下さい♪

♪せられん せられん いうたろう~!

高知県民でないとわかりにくいかもしれませんが、「れん」は禁止の意味。「せられん」は「しちゃダメ」ということです。「いうたろう」は「言ったでしょ」という、少しとがめるニュアンス。しちゃダメって言ったでしょう、の意味です。

私たちが子供の頃は、大人から「せられん」のオンパレードでした。
「壁に落書き せられん!」「弟をいじめたり せられん!」
これが動詞とくっつくと、「~られん」となります。

この柵(さく) 入られん(この柵に入っちゃダメ)
枝は 折られん(枝は折っちゃダメ)・・・

せられんせられん 言うたろう! (やったらダメダメって言ったでしょ!)
せられんせられん 言うたろう! (やったらダメダメって言ったでしょ!)
おかあちゃんが 言うたろう! (おかあさんが言ったでしょ!)

そしてこの歌は、大人に対して言ってることが面白いんです。その後の歌詞、

たかでたまるか そればあ飛ばいて (なんてことするの そんなにスピード出して)
たかでたまるか それほど飲んで (なんてことするの そんなに飲んで)

おまんたいちゃあ 飛ばいちゅうけんど (おまえずいぶん 飛ばしてるけど)
アメリカへでも 行くがかよ? (アメリカにでも 行くのか?)
まあ人間死ぬときは死ぬけんど (まあ人間死ぬときは死ぬけど)
今日にゃあ ようばなのう 今日にゃあのう
(今日じゃなくても いいよなぁ 今日じゃなくても)

この絶妙の土佐弁感!そして、生きる本能を揺さぶる言葉。(笑)
まあ人間死ぬときは死ぬけど、今日じゃなくてもいいだろう、って。
他人をいさめるのに、この角を立てない言葉のセレクト!

いやそれ以前に「飲んだら乗られん」とか飲酒運転をいさめる歌詞に、交通ルールよりもお酒の優先順位が高い土佐人の破天荒さはどうなんだろうと。この辺は昭和54年、1979年という時代感が出ていますが、今じゃ考えられません。

今回の三山さんのカバーは、「新型コロナで【せられん】ことが増えた今、人々の心がささくれ立って、何かと息苦しい世の中だからこそ、明るく口ずさみたい曲」ということです。大いに賛成!さしずめ今なら、

「マスクはずされん」
「密になられん」

「返杯 せられん、いうたろう~!」
ということになるのでしょうかね。多分ね。(笑)

第920回 「できることの幸せ」

9月12日

今朝は5時半に起きたのに、もう8時7分。赤ちゃんは大声で泣き続けている。次の授乳までまだ時間が空いているが、もうお腹がすいたらしい。次女は夜中の世話であまり眠れておらず、できれば少しでも寝かせてあげたい。ミルクを作って飲ませるべきか?飲ませてから、ゲップをさせる時間を逆算する。

長女のデイサービスの送迎車が来るまであと40分ほど、それまでにデイサービスの連絡帳の記入や、準備物が終了できるのか…山のような赤ちゃんの洗濯物も洗濯機にかけないと。今日の仕事の予定で、急ぐものは?もちろん、庭の水やりはずーっと後!

赤ちゃんがミルクを吐きそうな気配があると、長女の歯磨きの途中でもすべてのことを放り出して、駆け寄る。間に合った!背中をトントン叩き続け、頃合いを見てまた横にする。長女の介護と孫の世話、そして仕事と家事の両立は思ったよりも大変だった。

次女の退院時の第1次里帰りは1週間未満だったので余裕だったが、その後半月ほどで乳腺炎のため39度の高熱が出てしまい、第2次里帰りに突入。(笑)想定内でもハードだったのが、細切れにしか眠れず睡眠不足の状態がずっと続いたこと。日中も少しぼーっとしている感じだが、赤ちゃんが泣いたらすぐに臨戦態勢に入らなければいけないし お世話には時間がかかるので、集中して仕事をするのがとても難しい。そしてなぜかこういう時に、連絡を取り続けなければいけない仕事が続くものである。

34歳の長女と生後1ヶ月の孫を同じように世話してリビングのソファで10日間寝続けると、腰がガタガタ、手は腱鞘炎に。うーん、若いお母さんと違って結構こたえるなぁ。が、視点を変えれば「こんな幸せなことはない」ということになるのだろう。

確かに、良い経験をさせてもらっているとつくづく思う。ミルクの甘い匂いがする赤ちゃんを抱いてその重さと温もりを実感する時、命のつながりを肌で感じる。大人が笑顔で目を見て話しかけることで赤ちゃんは安心し、「自分は守られている」と感じ自己肯定感が育っていくのだろう。

最初はおっぱいを与えるとすぐ泣き止んだのに、生後一ヶ月の新生児期が終わるころには、「おむつ変えて」「抱っこして」「眠たいよぉ」「揺すって」などと要求が日々複雑化していくのに驚かされ、赤ちゃんの成長を実感する。そして長女も「おばさん」として甥が可愛いのか、笑顔になることが多い。

ふと、「できることの幸せ」というフレーズが浮かぶ。日常の中で色々と大変なことはあるけれど、しんどいと思うことの後にこのフレーズを入れると あら不思議、プラスに転化できることに気づく。

「育児が手伝える幸せ」
「介護ができる幸せ」
「仕事ができる幸せ」

そんな風に考えると、今のあわただしい時期も愛おしい。
そして仕事に行くとリフレッシュでき、その緊張感がまた活力を与えてくれる。
「できることの幸せ」に、心から感謝しよう。