第998回 「春の中の学び」

3月26日

あっという間に桜も咲き、3月も終わりに近づき 年度末を迎えます。

昔から「1月は行く、2月は逃げる、三月は去る」というように 年明けからの3か月はあっという間に過ぎていきます。そう言えば高校生まで、3学期は短かったっけ。
特に 今年のわが家はコロナ騒ぎで、2月一杯 やりたかった仕事の時間が全部飛んじゃいました。まあ、無事に過ぎ去ったことに感謝なのですが。

このところ 戦争が起きたり、噴火や災害が起きたりと、ニュースを見ていても心穏やかでいられません。不安になったり、心が落ち着かない方々も増えているようです。

先日も東北で震度6の地震があって心配になり、友人に安否を尋ねると
すぐに大丈夫と返信があり安堵しました。
さらに「地震の前後に雪が降るのはよくあることなんですが」と、20cmほど積もった雪を雪かきしている写真を送ってくれました。ちょうど高知市で桜の開花宣言が出た日だったので、庭に咲いた花をいくつか写真で送りました。

「一人紅白歌合戦」と勝手に命名した椿とか。(笑)

1cmちょっとの小さな小さな桜の花。

彼女は「まぁ、そちらはもう桜の時期なのですね。素敵な春の便り。すっかり春ですね~♪」と喜んでくれました。「こちらではまだ遠い春の色に癒やされました。ありがとうございました」という言葉に 花が咲くことへの深い思いが感じられ、心洗われました。彼女はいつも、大切なことに気づかせてくれます。

そう言えば、初孫は1歳半になりました。この春から保育園に通います。
私の母、87歳になるひばあちゃんはひ孫が可愛くてたまらないようで、「孫よりもひ孫が可愛い」なんてことを平然と言っています。(笑)

見ていて再確認したのは、赤ちゃんには「今、ここ」しかないこと。
実は心理学的には、それって生きる極意なのかもしれないと思います。

号泣してたのに、好きなテレビ「いないいないばあっ!」を見るとすぐに笑う。
当たり前ですが、過去を悔やんだり未来を思い煩ったりしません。
「今」に集中して生きることで生きやすくなるというのは、マインドフルネスにも通じることだと思います。これからも色んな気づきをもらえそうで、楽しみです。

第997回 「コロナ禍の学生生活」

3月19日

月曜日 追手前高校に行くと「今週は文化祭の予定なんです」と生徒達が忙しく、でも楽しそうに準備していました。心の底から、(良かったなぁ)と思えました。

コロナ社会になって、足かけ3年。文化祭も遠足もことごとく中止で、高知県内のほとんどの高校が修学旅行も行けず、延期してもまた中止だったとか。人生の中でも高校生活の3年間って友達との関係を深めたり、濃密で特別な期間だと思います。生徒達の落胆はどんなに大きかったことでしょうか。

高校に入学したときからマスクで、同級生の素顔を知らない世代。休み時間も話しづらいし、給食は黙食で雑談もできない。行事は次々と中止で部活動も制約だらけ、友達と集まるのもダメと何もかも自粛だし、教室は窓を開け放つからエアコンが使えず、暑くて、寒い。そうした中での、3月の文化祭です。生徒達にとってはどんなにか、心弾む想い出となることでしょう。

それにしても、マスクをはずさないまま 高校生活が終わってしまう学年も出てくるのでしょうか。卒業アルバムで初めて、「あの人、こんな顔してたのか~」なんてことになるの?いやいや 卒業してからの同窓会でも、クラスメートの顔がわからず「誰?」なんてなって、手で口元を隠して初めて「おー!筒井か!」なんてことになるのかもしれません。(笑)

そもそもマスクして出会うから、誰かのことを(良いな)と思い好きになっても、素顔がわからないって かなり恋愛成就のハードル、高くなりそうですよね。もし告白されても「相手の顔を知らないので、返事ができない」なんて悩みも実際あるらしいです。まあ、表面に惑わされにくい、とも言えるかもしれませんが。

美人だとか、イケメン!と思ってたのにマスクを取るとさほどではない「マスク美人」「マスクイケメン」だと、「マスク詐欺」なんて呼ばれてしまうことがあると聞いてビックリ!だからマスクをはずしたとき、相手にガッカリされるのが怖いということで、デートの時に飲食はしない人もいるとか。「顔出しのオンライン授業で初めて本当の顔を知った」なんてこともあり、マスクを取りたくない人が急増しているのに、私も少し困っています。

大学でもオンライン講義で表情などの重要性を体感してもらうため、ペアに分けて「マスクを取ってワークをやってください」と何度も指示したのにはずさない人が何人かいた話を書きましたが、感染が収まっても「マスクをはずしたくない」人が増えているようです。これは日本人特有の現象のようで、欧米では「マスクを着けない権利」が声高に主張されているのをご存じでしょう。文化や思想って、これほど違うんですね。

人間にとっての「顔認識」って本当に大事で、脳はそのために特化されているほど。新たな課題にどう対応したら良いのか、私も今、勉強中です。

第996回 「オンライン講義にて」

3月12日

3月に入り、大学の講義が始まりました。
就職必勝講座、教員養成のための介護等体験事前指導など。まだ新型コロナの第6波が収束できていないこともあり、対面もありますが オンライン講義が多いです。

昨年はオンライン講義でも、オンデマンド(好きなときに見られる、収録した動画配信パターン)ばかりでした。事前収録するため撮り直しがききますし、学生は自分の都合の良いときに何度でも見られるメリットがあります。反面、内容は一方的に語るしかなく、学生とのコミュニケーションが直接取れないのはもどかしい思いでした。

自分自身コロナ禍のセミナーを受講して、特にコミュニケーション関連の講座を組み立てる場合には、相互コミュニケーションが必要不可欠だと感じています。つまり事前収録でなくリアルタイムで講義が進行し、その場で質問をしたり、グループワークができたり様々な交流ができるのが理想的ですよね。やはりコミュニケーションは対面が最高ですが、オンラインでもできるだけ近づけるにはどうしたら良いのか、模索が続きます。

昨日も高知工科大学で、リアルタイムのオンライン講義がありました。全員にカメラをオンにしてもらい、皆さんの顔を見ながら進行していきます。
しかし最初の方でいきなり、パワーポイント画面が動かなくなるトラブルが。まあ機械なんてトラブルはつきもので、お約束みたいなもんです(笑)対処を事務局がしてくれたので助かりました。そしてこういう時、事前に「ダウンロードして印刷しておいてね」と念を押した記入式資料が役立ちます。

昨年はできなかったペアワークを体験してもらいたいと思い、ブレイクアウトルームと呼ばれる少人数にグループ分けして話し合える機能を使いました。全体の人数が40名弱だったので、やりやすかったです。それぞれどんな進行をしているのか、見に行くこともできるので便利。みんな画面越しでもうまくコミュニケーションを取り合っていて、楽しそうに進行していました。何より、受け身にならず主体的に取り組むことができ、発表も笑顔でやってくれ嬉しくなりました。

講師仲間の友人が言っていましたが、オンライン研修を頼まれて講師を引き受けたけれど、ほとんどの受講者は自分のカメラ画像を消し、マイクもミュート(消音)にしているため、聞き手の様子がまったくわからないまま延々と真っ暗な画面に向かって話し続けるのは気が滅入るということでした。その通りだと思います。カメラをオフにされると、そんなつもりはなくてもコミュニケーションを拒絶されているように感じるんですよねぇ。

講義が終わるとチャット機能を使って、その場で簡単に感想を送ってもらいます。
昨日は驚いたことに、何人もの学生さんが「筒井先生」「中村さん」と名前を書いて感想を記してくれていました。初めての講義でわざわざ名前を書いてくれるのは親近感の表れで、有り難いことでした。

「ロールプレイングで体験できたのが良かった」「今までにない体験ができました」「実際に話すことの難しさを事前に体験することができたおかげで、どんなことを勉強して挑むべきか具体的に目に見ることができた」と特にペアワークが好評でした。また「マナーについてしっかり学習する機会は今まであまりなかったので、注意点や初めて知ることが多くてとても勉強になりました」といった感想も最近増えています。今は家庭で、あまりマナーについて教えられていないからでしょうか。コロナ禍でコミュニケーションが取りにくくなっている現状で「介護等体験で最も不安だったコミュニケーションについての講義だったので、とてもためになりました」という声もありました。

気になった点としては、マスクで顔が隠れることで、非言語コミュニケーション(表情、態度など言葉以外のコミュニケーション)が阻害され感情が読み取りにくくなることに触れて、(オンラインなので)「マスクを取ってワークをやってください」と指示したのですが、数名着けたままでした。感染予防ではなく、マスク自体をはずしたくないのでしょう。今後の課題と感じました。

「もし、介護実習がなくてもこの経験を生かして頑張りたいと思います」と前向きな思いを書いてくれた人もいました。予定は、あくまでも未定です。未来がどう動いても それを乗り越えて力にしていってもらえたら、こんな嬉しいことはありません。