過去、何回かこういう事はありましたが、祖母はそのたび驚異の回復力で持ち直し、明治女の気概を見せました。覚悟していたのですが、その日も、そうでした。ホッとして、家に帰りました。
祖母は満98歳。来月の誕生日で、数えで言うなら百歳なのです。70歳過ぎまで現役で看護婦をし、そりゃもう元気でした。私の長女が生まれた時も黙って寄り添い、ひ孫の育児を手伝ってくれたことをなつかしく思い出します。まさに慈愛の人でした。しかし数年前からは寝たきりになり、意思の疎通もできなくなっていました。体はチューブで栄養を入れているため安定していたのですが、心と体が別々になっているような気がしていました。
そしてついに昨日、命の火が消え入るように
亡くなりました。大往生で、「昔ならお客(宴会)だ」との声も出たほどです。大阪や京都から親族を呼び寄せ、お葬式の段取りです。祖母は「自宅で、簡素に葬儀をして欲しい」というのが願いでした。そのため、葬祭会館での葬儀は見送り、昔ながらの自宅のお葬式となりました。
今日はお通夜。映画「おくりびと」で見たように、女性の親族が見守る中、湯かんをしてもらいました。座敷に浴槽が置かれ、葬儀社の女性社員の方が丁寧にマッサージするように洗ってくれ、祖母は気持ちよさそうでした。おごそか、とも言える時間が過ぎ、その後のお化粧と身支度で、祖母は本当に綺麗に見えました。これでやっと不自由な体からも解き放たれたのかもしれません。
今から10年前、祖母の88歳の米寿のお祝いの時、私は祖母から聞き取った人生史を編纂しました。昨日それを思い出しパソコンを探してみたら、なんと最初の2ページしか残っていません。大ショック!でも、印刷したものがあったはずだと探し、スキャナーで読み取り少しだけ手直しして、今日
改めて配らせて頂きました。
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