第938回 「高知新聞リニューアルに思う」

1月23日

私の生活に、新聞は長年寄り添ってくれています。以前は全国紙、日経新聞、高知新聞の3紙を取っていましたが、数年前から全国紙と高知新聞の2紙に絞って購読しています。

購読なさっている方々はご存じの通り、2021年の今年から高知新聞が大きく変わりました。まず、長年高知市近辺で配達されていた夕刊が、廃止になりました。
新聞を読み始めた小学生の頃は 薄くて親しみやすい夕刊に、より親近感を持っていたものです。残念ですが新聞の購読者数が大きく減少した現在、止めようのない流れなのでしょう。

なじみの夕方の新聞配達の光景はもう二度と見られないし、夕方にポストに行く習慣も、空の郵便箱に「そうか、もう夕刊はないのか」と寂しさを感じてしまう。投稿欄からもそういった文章を見かけ、夕刊ロスを感じた方々は少なくないと思います。

さて、紙面刷新された高知新聞の朝刊。大きな特徴は、これまで社会面が載っていた最後のテレビ欄の裏から4面で、県内のニュースだけをカラー掲載していることでしょう。一方で全国ニュースは2面から、とニュースを二分しました。どうやら高知新聞は「超地元密着型ニュースペーパー」を目指すようです。

実際1月に入り、地元情報は「こうちワイド」という赤い帯のついた4面にまとめられ、これまでよりも地域での話題が多くなったように思います。あとは新聞ならではの、地域面での読み応えのある連載記事も欲しいなあ。
ちなみに、朝刊には文庫本1冊分の情報が入っているんですって!

いくらネット情報が全盛の時代になっても、災害や感染症など地元生活密着情報で信頼度の高いものを継続的に、というと難しい。特に昨年コロナ禍で痛切に感じたことは「ネットには 東京などの首都圏情報はあふれているけれど、そうではなく地元の詳しく正確な情報や状況報道が欲しい!見出し程度の浅い情報ではなく、背景なども掘り下げた深い情報も欲しい」ということでした。

1月23日現在も 11都府県に緊急事態宣言が出され、全国ネットのテレビではコロナのニュースが圧倒的に多い現状です。しかし高知県では22日、コロナの感染症対応の目安を「特別警戒」から「警戒」に引き下げました。会食を「4人以下で2時間以内」とする要請などは2月7日まで維持するようですが、12月に全国に先駆けて来た第三波をなんとか乗り切れたのではないか?とやっと希望が見えたところです。当然、現在での課題は全国と比べると大きく違うわけで、その情報発信も高知新聞に踏ん張って欲しいところです。

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ちなみに、私が50年ほど高知新聞を読んできた中で一番衝撃を受けた連載記事は1990年代?の「流転 その罪誰が償うか」でした。
精神的外傷を負った元七三一部隊員の戦中・息を潜めて生きざるを得なかった戦後を克明に描き話題となり、日本ジャーナリスト会議賞を受賞した連載です。旧満州でペストや赤痢菌などを使いマルタ(外国人捕虜)に人体実験をした経緯を克明に綴った回はあまりにショッキングで、しばらく頭にこびりついて離れなかったほどでした。今なら表現の規制で、とても書けない記事です。しかしそれこそが戦争の 心をえぐる重い重い現実なのだと、戦後世代の私も痛感したものです。

実は今月初めから高知新聞の全国ニュース社会面で、【「悪魔の飽食」の記録】という連載が12回掲載されました。「悪魔の飽食」は1981年に発刊されたベストセラーで、作家の森村誠一さんのノンフィクション作品です。当時知られていなかった旧七三一部隊のことを、100人以上の当事者からの徹底的な聞き取りと覚悟を決めた元隊員たちによる告白で 世に知らしめた、重い一冊です。その時、森村さんと一緒に取材した下里さんという記者さんが84歳になった今「日本がした戦争の正体を知ってほしい」「悪魔をよみがえられせてはいけない」と高知新聞の取材に応じたのでした。

こういった記事は今のご時世、大変難しいことと拝察します。それだけに、高知新聞の記者さん、下里さんの気骨と、重すぎる事実とも向き合うジャーナリズムのあるべき姿を考えずにはいられない、貴重な連載でした。

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