第895回 「頑張れ、就活生!」

3月20日
新型コロナウイルスで、様々な影響が大きく広がっています。企業の業績が急激に悪化し、内定を取り消される大学生も出てきています。

私も例年3月の中頃には面接トレーニングなど大学の就職講座を2日間行いますが、今年は延期となりました。この時期本格化するはずだった会社説明会は軒並み中止や自粛となり、2021年春に新卒採用される大学生はどう就職活動をしたらいいのかわからず困っている人が多いのではないでしょうか。

「コロナ自粛」で業績の悪化により採用活動ができなくなった企業もあるようですが、企業側も頑張っています。感染拡大防止を考慮し少人数で説明会をしたり、ウェブ活用も進んできたようです。

「マイナビ」「リクナビ」などの就職情報サイトでは、動画によるウェブ説明会も見られます。対面で緊張しているリアル説明会と違い、仕事内容の説明など何度も繰り返し見ることができるのが長所ですね。しかし反面、直接人事の担当者とやりとりができず、企業情報が限られた中で志望先を決めなければならないことが課題でしょうか。

今年はグループ面接はやめて個人面接重視にする企業、ウェブ面接を取り入れた企業も多くなっているようです。ウェブ面接の場合、交通費もかからず何社も受けられるわけですから、高知のような地方の学生にも不利にならないと考えられますよね。

こうなってくると断然有利なのが、インターンシップに行った学生です。志望先の企業に行った人はすでにコミュニケーションをとっているわけですから当然ですが、行ったのが志望先の企業でなくても、その体験をいかに語れるかが重要です。希望業種とは違う企業での体験も「そこで何を学べたのか」と捉えることができれば自己PRにつなげられます。

前代未聞の出来事に、みんな不安が大きいのは一緒です。でもその中で、できることはあるはず。コロナの自粛が解禁された時に、企業研究をじっくりやる・自己分析を深めていく実際の店舗に足を運んでみるといったことを地道にやっていた学生は、当然有利になるでしょう。何でもそうですが、目の前にあるネガティブな側面ではなくポジティブな側面を見つけ、行動につなげられる人は強いですから。

就活生の皆さん、大変でしょうが 頑張って下さいね。

第854回 「とくし丸のお得意さん」

6月8日

皆さん、「とくし丸」をご存じですよね。そう、あの移動スーパーのとくし丸です。

先月TBSの番組でも取り上げられていましたが、スーパーの超大型化と郊外化で、近所のスーパーが撤退し、日常の買い物に不自由している人たちが増えてきています。今や買い物困難者は全国で825万人もいて、その救世主になっているのが移動スーパーです。近隣にスーパーがない地区や山間部の高齢者など、買い物に行くのが難しい人たちの家を一軒一軒まわる対面販売スタイルは、ありがたいサービスでしょう。

中でも「買い物困難者のニーズに100%応える」ということで、全国売り上げナンバー1の移動スーパー販売員、高知のとくし丸の谷平さんという方が密着取材を受けていました。「ご年配の方は、あまりたくさんは食べられないから、本当にいいものをだけをちょっと食べる」ということで食品は小さめサイズを選ぶとか、買い物代行もするとか、お客さんの誕生日プレゼントまで!実に細やかな心配りでサービスを行っているのが印象的でした。

そして、実は非常に身近にとくし丸のお得意さんがいるのです。

ジャーン、久々の登場、長女の涼歌(すずか)です。32歳になりました。
実は通っているデイサービスの近くに毎週火曜日 とくし丸が来るので、買い物に行くのが彼女の楽しみなのです♪

ご近所の方もいらっしゃっています。常連さんなんでしょうね。

涼歌にとってとくし丸がいいのは、来てくれるのはもちろんですが
「商品が選びやすい品数で、車椅子でも見やすい目線だから」ということでした。確かに、大きなスーパーだと商品が多すぎて かえって選びにくいのでしょうね。そういうことって多分、少なからぬ高齢者の方も同じかもと思いました。

世はネットショッピングが花盛りですが、買い物って、実際に商品を見て感じたりさわったり迷ったり選んだりするのが、日常のちょっとした楽しみでもありますものね。

ちなみに涼歌がこの日に買ったのは、
牛乳、野菜ジュース、アップルパイ、おつまみのイカソウメン。(笑)
ニコニコでした♪

商品仕入れは地域のスーパーから行っているそうで、冷蔵庫付きの軽トラックには生鮮食品も含め、何と400品目以上を積んでいるそうです。また、買い物だけに止まらず、スタッフは地域の「見守り隊」としての役目も目指しているそうです。

地域の高齢化や運転免許の返納に伴い、移動スーパーはこれからますます なくてはならないサービスになっていくことでしょう。

第846回 「新聞の葬式と土佐人の気概」

4月11日

突然ですが、この4月から高知新聞で「新聞と読者委員」を拝命することになりました。
今年の初めにお話を頂いたとき、「え?なんで私が」と戸惑ったのですが、ある記者さんのご推薦を頂いたことを伺い「それは頑張らなければ」という気持ちに変わりました。ご期待を寄せて頂けるのは、本当にありがたいことです。

まずは春の新聞週間に合わせて、新聞に対する思いを語ってくださいとの原稿をご依頼頂きました。文量は1200字、原稿用紙3枚分です。軸が決まれば多分書けると思うのですが、何を書こうか…ずっと迷っていました。そんな時、「そうだ、あれだ!」とひらめいたものが「新聞の葬式」です。

庶民が政治参加を求めたのが自由民権運動ですが、その最盛期が明治15年。明治政府は当時、この運動の盛り上がりを恐れ条例で厳しく取り締まり、自由民権運動に大打撃を与えました。民権派の新聞は何度も発行停止処分を受け、新聞の編集長や印刷長も処分されたそうです。

決定打となったのは明治15年7月14日、「欽定憲法ノ不善ナルヲ論ス」との記事で、ついに高知新聞は発行禁止処分となりました。人間で言うなら死刑宣告です。しかし、それに負ける高知県民ではありませんでした。それに対抗して出された新聞広告がすごい。

「我ガ愛友ナル高知新聞ハ一昨十四日午後九時絶命候ニ付本日午後一時吊式執行仕候間愛顧ノ諸君ハ來會アランヲ乞」
親愛なる高知新聞は一昨日14日の午後9時に絶命した。よって本日午後1時に葬式を行うので、ごひいきの皆さんは来て欲しい、という意味でしょう。高知自由新聞社は発行停止処分を受けた時の身代わり新聞です。高知の民権派は「言論・集会の自由」を封じようとする弾圧に抗議するため、前代未聞の「新聞の葬式」を行うことにしたのです。

そして明治15年7月16日、日本初の新聞の葬式が行われました。(ちなみに仏式だったそうです)発禁号の新聞を棺に入れ、7月の暑い最中に忌中笠の壮士、提灯、位牌、僧侶、記者、愛読者が、高知新聞社のある本町から五台山まで葬列を行いました。直線距離でさえ4kmはあります。その気概もすごいですが、もっとすごいのはそれに5千人もの高知県民が参列したことです。テレビニュースもない時代に、朝、新聞を読んでその当日に5千人も集まるなんて!それだけ、自由民権を求める県民の思いは熱かったのでしょう。

この後、代わって発行された高知自由新聞も7月21日に発行禁止になり、2回目の新聞葬を行ったのですが、会葬者はなんと倍の1万人にも上ったそうです。今でも1万人のイベントなんて、当日に呼びかけてそうそうはできませんよね。

五台山には上り口に、「新聞の葬式」の記念碑が建っています。
1996年7月16日に高知新聞社や高知市立自由民権記念館などが建てたようです。

20年あまりの年月で風雨に洗われ、文字が薄くなっているのがいかにも残念です。

当時の庶民の識字率は男性が6割、女性が4割。つまり半数は新聞が読めなかったのです。と言うことは、情報を得るためにはそこに人が介在したということです。今は個人で動く個人型の社会ですが、当時はチーム型の社会と言え、だからこそ、多くの民衆が新聞葬に参列したのでしょう。

取り締まりや政府の弾圧をも恐れずに行動した明治の土佐人の不屈の闘志と気概、民衆の熱気には、胸を打たれました。自分もこうありたい、と強く思いました。