第989回 「『本当の大人』になるための心理学」

1月22日

昨年、ここ数年で最高の本に出会いました。
「『本当の大人』になるための心理学」。作者は諸富祥彦(もろとみ よしひこ)さんという教育学博士で心理カウンセラーの方です。

昨年 心療内科医の芦原睦先生のセミナーをオンライン受講したとき、先生が良い情報源の1つとしてこの本を挙げていらしたので、取り寄せてみました。届いてしばらく寝かせていたのですが(笑)、ある日何気なく読んで軽く衝撃を受けました。

「今は、大人が真に内面的に成長・成熟した人間として、心から満たされた人生を生きるのが難しい時代である。
 なぜか、それは、今の日本社会では『いつまでも若々しくあること』といった外的な活動性ばかりに価値が置かれて、『中高年期における人格的成長・成熟』を重視する価値観が育まれてこなかったからである。」

中高年期における人格的成長・成熟! 日頃は聞けない 非常に魅力的なキーワードで、「まさにそうだ!」と目が覚める思いでした。そう言えば、駅員に暴行を働くのは60代の男性が一番多いのだそうです。まさに、年は取っても人格の未熟さゆえなのでしょう。

また 私もいつまでも若々しく、活動的であるのが良いことだとばかり思い込んでいたのですが、諸富さんはそうではないと言うのです。

「心が未成熟な人は、『若さ』に過剰な価値を置きますから、加齢によって体力が衰えても、若い頃と同じくらいの仕事量をずっと抱えています。結果、疲労感にさいなまれて脳が過労死状態になってうつになりがちです。」

多くの人は、たとえ還暦を超えてもバリバリ仕事をこなす人のことを、「すごい」「若い!」と羨望の目で見ていると思います。私もそうでした。
でも、異常な仕事量をこなそうとした結果、脳が過労死状態(!)になり、うつになりがちとは…。

「これは現実を受け入れられていないことの証拠だと思います。つまり、現実の状況を正確につかむ現実検討能力が低いのです。」

現実を受け入れられていない。言われてみれば、と思い当たります。
特に今はコロナ禍ですから、多くの業界で厳しい状況です。そのため「そこまで一人で頑張り過ぎなくても」と思うほど、 「できる」「もっとやらねば」と過度に仕事を背負い込み、結果、疲れ過ぎて無力感にさいなまれ、うつ状態を招くのですね。

諸富さんによると、完璧主義者も心の未熟さの表れだそうで、それも驚きでした。
すごく仕事ができる人は往々にして完璧主義者で、「私は完璧主義者」と どこか誇らしげに自負しているイメージだったからです。それが実は、未熟とは?

「努力すれば、すべてのことがなんとかなるはずだし、そうなるべきだ。」
「問題を抱えている人は努力が足りないのだ」
人生の現実とは違ったこうした思い込みを心理学では「イラショナル・ビリーフ」と言います。「~せねばならない」「~すべき」という非合理的な信念です。

もちろん努力は悪いことではないのですが、完璧主義や努力至上主義の人は思うようにならないと 非常に落ち込んだり、怒って他人を責めたりするのが問題なのだそうです。確かに人生、思った通りにならないことだらけですよね。つまり、

「現実をあるがままに受け止めることができることが、成熟した人格の証。」

なるほど、と納得でした。あるがまま受け止める、簡単に思えますが難しいことです。
じゃあ、そのためにはどうしたら良いのでしょうか?諸富さんは書いています。

「辛いことがあったら『辛いよ』と言って弱音を吐く力-『援助希求力』こそ、中高年が現代を生き抜くために必要な力です。」

なんと、弱音を吐く方がいいというのです。ちょっと救われた気分。(笑)

「老い、病んでいくことで人格は成熟することができます。能力の低下は、人格の成熟にとって決して妨げにはなりません。このことをきちんと受け入れられることが成熟には欠かせないのです。」

年を取ると 若さ・健康・お金など 失っていくものだらけと聞き、どこか不安を感じていたのですが、実はそれが人格の成熟に役立つとは!私には、大きな救いに思えました。年を取り、何かを失うことにより心の成長を得られる。老いていくのは、実はとても豊かなことにつながるのかもしれません。そう思うと、かすかな希望が湧いてきました。