第1109回 「それでも人生には意味がある」

6月1日

先日、夕食作りの最中に夫の話に気を取られて手元不注意になり、フライパンで左手首をジュッと焼いてしまいました。「痛い!」「またやった…」と一騒動。60歳を過ぎてからマルチタスク(複数の同時作業)をこなす力が落ち、話しかけられ気を取られると包丁で手を切ったりする自損事故(笑)が増えたのです。問題解決策として夫に「調理中は話しかけないで」と言っているんですが、ついつい日がたつと双方忘れてしまい、また同じことが起きます。

でも今回は、心情が少し違いました。「この火傷をしたことには、何の意味があるのだろう」と考えたのです。すると落ち込んだり怒ったりすることなく「運転できなくなったから、明日の仕事はこうしよう」というポジティブな意味合いを見出せ、落ち着けたのです。

そう考えられた理由は、「ヴィクトール・フランクル」に再会したからです。

たまたまテレビ欄で、NHK「こころの時代~宗教・人生 ヴィクトール・フランクル それでも人生には意味がある」という番組を見つけて月に1回の放送を見ていますが、これがとにかく…深いんです。テキストが載っている、NHKのホームページにはこうあります。

ホロコーストを生き延びたユダヤ人精神科医フランクル。強制収容所での体験を記した『夜と霧』で世界的に有名になったが、フランクルが本当に伝えたかったのは、ナチスによる残虐行為の数々ではなく、「どんな人生でも、生きる意味は必ずある」というメッセージだった。

強制収容所から奇跡的に生還するまでの壮絶な体験記を綴った「夜と霧」は、コロナ禍の自粛期間に、私が満を持して読んだ本でした。生と死が隣り合わせの苛烈を極める環境の中、フランクルは自分を含め囚人たちが何に絶望し、何に希望を見い出したかを精神科医として記し、「精神の自由」「生きる意味を問う」など収容所の中での心の分析を掘り下げ、自分の内面も綴ったのです。とても深い本ですが、不思議に透明な明るさのようなものを感じるのは、フランクルの人柄のためでしょうか。

「こころの時代」では、フランクルの孫弟子に当たる勝田茅生さんが解説をなさっているのですが、勝田さんが作られたテキストも秀逸で、フランクルの人生や思想がわかりやすく書かれていました。

・人は社会的な役割や目標を見失うと「生きる意味」を感じられなくなることがわかったのです。生きる意味の重要さを実感した彼は、それを失う空虚感に対処する方法をカウンセリングをしながら考えました。

・彼は(収容所で)希望を失った人に、できるだけ話しかける機会を持とうとしました。自殺願望のある若者のカウンセリングを十年間も行なっていたフランクルは、これこそ自分の使命だと考え、話をしに行きました。「人生の中で、誰かが何かが君を待っているはずだ。今はそれが見えなくても、後でそのことがわかる日がくる。だからどうか生き延びてくれ。どんな人生でも生きる意味は必ずある」

悲惨な状況を乗り越える作戦の一つは、「自己距離化」。自分の苦しみや悲しみから「距離を置く」ことでした。そのためにフランクルは誰かから「強制収容所にいる人々の心理を観察して欲しい」と依頼されたように想像し、憎しみや悔しさ、あるいは復讐の衝動から距離を置き、自己憐憫(自分を哀れむこと)に埋もれないようにしたのです。悲惨な状況に対して感情的になるのではなく、それを冷静に観察して客観的に捉えようとしたわけです。

・人は誰でも「自己距離化」によってネガティブな感情から距離を置くことができます。「自己距離化」の能力を高めると、苦しみや悲しみに心を痛めつけられずにすむのです。

ということで私もそれを応用し、「火傷をした自分」を感情的にならず、冷静になって捉えようとしたのです。まあ、かと言って痛みには現実対応して、痛み止めを飲みましたけどね(笑)お陰で、夫ともケンカせずにすんだわけです。

また、テキストには、生きる意味を得るためのヒントも書かれています。

・人は誰でも生まれながらに「誰かのために何か良いことをしたい」という気持ちを持っています。フランクルはその気持ちを「意味への意思」と名付けました。「意味への意思」を発揮して誰かのためになることをすると、人は自然と嬉しくなり、気持ちが満たされます。けれども、その「意味への意思」が歪んだり弱くなったりしているとき、人は自己中心的になり、自分だけを大切にします。そうなると、自分自身に対する不満が募り、幸福感を得られません。その状態が長く続くと、何のために生きているか分からなくなり、精神的に不安定にもなり得ます。

「誰かのために何かをする」ことが、実は自分を幸せにできるすべだったとは!でもそれって、「利他の心」と昔から言われてきたことでもあるわけですね。そう考えると、すべてつながっているのかなぁと。学生さんのレポートの質問にも人生に関するものがあるので、こういうことを伝えていきたいと思っています。

番組は全6回(第3日曜日午前5時~6時)で、今月16日を含めてまだ4回残っています。このテキストは、私の人生の教科書にします!