第1223回 「夏の思い出 今昔」

8月15日

「Alamak! あらま!マレーシア⑥ 」   written by Tapir

夏の盛りに鳴いていたミンミンゼミの声がヒグラシに変わり、やがてツクツクボウシになる頃…子どもだった私は絶望的な気持ちになったものだ。
もちろん宿題が予定通りに、はかどっていないからである。
計画では既にできているはずなのに、毎年絶望を繰り返す。
果たして8月31日までにできるのか?算数ドリルは?作文は?絵日記は?自由課題は…(って、逆に出来上がった宿題はあるのか?)
そんな時に聞こえてくるツクツクボウシの声は、日本海溝くらい気持ちを落ち込ませた…まあ、自分が悪いんだけどね。そんな苦い思い出のある蝉の声。

ところが、ここマレーシアでは聞こえてこないのよね。
蝉がいないワケではないのよ!

なんと日本最大のクマゼミの2倍はあろうかと思われるテイオウゼミがマレーシアにはいる。でも、鳴き声は聞こえない。不思議よね〜。
恐らく日本の蝉は夏季限定で鳴いてりゃいいけどマレーシアの蝉は年中鳴いてなきゃいけないから「やってられっかよ!」とキレて鳴かなくなったんだろうなぁ(オマエと一緒にするな!)

子どもの頃の夏の思い出は夜店。私の住んでいた地域では「 いちろく夜店」があった。1のつく日と6のつく日に夜店が出たので、いちろく夜店と言われたのだろう。
低学年の頃はお小遣いなどなかったが、いちろく夜店の日だけ、お金を入れた小さな財布を持たされ夜店に連れて行ってもらえた。
たいてい、薄荷パイプを買って金魚すくいをして、線香花火を買ったら財布は空っぽ。

ある時、どうしても薄荷パイプが2つ欲しくて迷いに迷った末に、両方買ったら他には何もできなくなって少し後悔、帰りの足取りが重くなった。そんな時、花火を楽しむご家族が目に留まった。

色鮮やかな花火を見て思わず「わぁ綺麗…」とつぶやくと、お父様らしき方が「お嬢ちゃんもやってごらん」と花火を差し出してくださった。父の方を見ると「せっかくだから一つだけ甘えさせていただきなさい」と言う。お礼もそこそこに私は厚かましく、花火を受け取った。すると、お母様らしき方がろうそくの火を花火に点けてくださった。いつもの線香花火には無い色の多彩な変化と勢い。それを持てることの嬉しさと誇らしさ。
あの時の気持ちは、何十年経った今でも思い出せる。
テレビゲームなど無かった時代、子どもの娯楽などたかが知れていた…だからこそ小さな喜びが長く心にとどまり、満たされる事が多かった。
ある意味、豊かな時代であったと思う。

そして、夜店と共に思い出すのがお盆の精霊送り。
祖母の家に親戚が集まり、お仏壇に果物や菓子が供えられていく。いよいよ精霊送りに出かける時間になると、祖母はお仏壇に手を合わせ「下げさせていただきます」と言い、精霊船に乗せる供物を手早くまとめる。孫たちには「お見送りに行くから、ちゃんとご挨拶をするんやで。ふざけたりケンカしたら、どんならんで」と訓示を垂れる。今も、どんならんで(どうにもならない)という言葉を使う関西人はいるのだろうか?
ともかくあの頃、祖母の「どんならんで」は我々孫達にとって、最上級のタブーを表す言葉だった。普段は優しい祖母の口から「どんならんで」が出たら子どもなりに、いかに重大な事かをわきまえたものだ。

浜に着くと、大人たちは供物を精霊船に乗せる段取りをする。そして、船が出るまで皆で浜で待つ。わずかに秋の気配を含んだ風で提灯が揺れ、御詠歌と持鈴(じれい)の音が流れるあの時間は妙に現実離れした何とも心細く物悲しいものだった。

精霊船を見送り浜から戻ると、お供え物のお下がりを子どもたちが貰える時間となる。祖母は公平に孫たちに配っていく。配り終えると親たちが「ご先祖様にお礼を言いなさい」と促す。祖母が「頂戴いたしますと言うんやで」と言うと、「頂戴いたします」と孫たちが声を揃えて言う…精霊送りの流れは、いつもこうだった。

あれから幾度かの精霊送りを重ねて祖母が逝き、父母が逝き、私達世代は散り散りに離れて暮らし…精霊送りも時の波にのまれて記憶だけがおぼろに残っているだけとなった。
これも時代の流れで仕方の無い事なのだろう。しかし、それでもお盆が来る度にあの日の記憶の欠片を拾い集めようとする私がいる。それは思い出の中にしか存在しなくなった祖母たちの姿が、少しずつ薄れて色褪せていく事に対する私なりのささやかな償いなのかもしれない。

さて皆さん、世界最大規模の盆踊りがマレーシアで開催されているのをご存知だろうか?

日本を知ってもらおうと1977年に日本人学校のPTAが企画したことから恒例化し、今では開催される2日間で10万人が参加する、マレーシアでもメジャーなイベントとなっている。
2026年の今年は、何と記念すべき開催50周年になる。

イスラム教徒が日本の宗教行事に参加するのはどうかという声もあったそうだが、これは宗教行事ではなく「日本の文化」というのがマレーシアの人々の見解となり長く続いている。盆踊りに集う者たちが、東京音頭や炭坑節といったお馴染みの曲に合わせて、民族や宗教を越え輪になって笑顔で踊る。

たまたま側にいた名前も知らない誰かと踊り一期一会を楽しむ。
これこそが「祭り」の真髄ではなかろうか?
ハッピを着たインド系の男性、ヒジャブを被った浴衣姿のマレーシア人女性、団扇を手にYeah!と底抜けに明るいドレッドヘアの男性グループ。日本アニメのコスプレで踊る女性グループは注目の的。まるで、オリンピックの開会式のようで…この盆踊り、日本人としてはちょっぴり自慢したくなるんだなぁ。
盆踊り、最高!

追記:
マレーシアの盆踊りは、私の住むコンドミニアムそばのモールでも行われており、たこ焼きや かき氷の屋台も出店される。

日本より日本っぽい。これも親日国のマレーシアならではの風景かもしれない。屋台の後ろにあるのは世界第二のハイタワー、ムルデカ118。

ヨーヨー釣りもやってます。

しかもここでは「よさこい踊り」が地元大学生によって披露された。
みんなちゃんと鳴子を持って踊る。
(おそらく)高知県人の知らない所で、熱く踊られる「よさこい踊り」。

いかがです?「マレーシア版よさこい踊り」よさこいパフォーマンス!
なかなかイケてるでしょ?

ジャ〜ン!クアラルンプールのよさこいチーム!

よさこい踊りはマレーシアでも、まっこと こじゃんとえいき!!