第1221回「恵みの雨降らせ給へ〜」
7月31日
「Alamak! あらま!マレーシア⑤ 」 written by Tapir
日本の夏の暑さは年々シビアになっている気がする。
特に去年の暑さは異常だったと聞く。(もしかして、今年もか?)
そう言えば子供の頃の夏休みの宿題「絵日記」には気温と天気の記入欄が必ずあった。その絵日記を夏休み終了間近にあわてて仕上げた男子が、ついうっかり気温39度と適当に記入してしまい、先生から「身体が溶けるだろ!」と怒られていた記憶がある。あの頃は皆で笑いとばしたものだ。
しかしどうだろう、昨今日本の夏は最高気温を更新し続けて39度どころか40度を越える数字をマークし命の危険さえ感じるようになっている。
気象庁では、気温25度以上になる日を夏日とし、30度に達すると真夏日と定めているらしい。2007年頃からは気温35度以上を猛暑日とし、2026年からは気温40度を超えるを「酷暑日」と定めた。絵日記の「39度」が、もはやあり得ない気温ではなくなったことに驚きを禁じ得ない。
気温上昇は、ここマレーシアとて例外ではない。今年マレーシアでは全国的に暑く乾燥した天候が続き、一部地域では高温警報が出されて熱波への警戒が続いている地域もある。困ったものである。
この「高温警報」だが、各州毎に35度以上の気温が3日続けば政府が発令するようになっている。
いやちょっと待てよ、35度って…
そう日本の夏を知っている者にとっては、「気温35度以上が3日続いたぐらいで何が高温警報発令なんだよ!」と思わずシャウトしたくなるはずである。35度など我々日本人にとってはフツーに見慣れた夏の気温でしかない。(2025年の京都の猛暑日は61日)
でも羨ましいことに、ここじゃたかだか35度で大騒ぎ…。それもそのはず、年間平均気温は27度なのである。
「熱帯雨林気候」と字面だけ見ると暑そうな気候のマレーシアだが、実は日本の夏の方がはるかに暑いのだから気候変動はかなり暴走しだしているのではないだろうか?
さて今回、政府は高温警報の発令と同時にイスラム教徒へあることを呼びかけた。
え?何をしたかって?
それは首相府宗教担当相が「ソラット・スナット・イスティスカー」の特別礼拝を継続して行うように促したのである。
つまり「雨乞いの礼拝」。
干ばつで苦しむ人々のためにイスラム教徒みんなで一致団結して雨乞いの祈りをしようぜ!ということなのである。政府が「祈り」を促すこと自体、日本人からすれば非科学的に思え、理解し難い事なのかもしれない。
しかし、彼らにとっての宗教とは神の教えを基軸とした「生き方」のように思える。だからこそ祈りは「神との対話」としてごく自然に生活に根付いた行為となっているのかもしれない。
どうしてもイスラム教は一部のイスラム過激派のイメージが強くて誤解されがちなのだが、本来は寛容で穏やかな宗教だと言われている。確かにイスラムモスクの前にヒンズー寺院があったり、隣に仏教寺院があったりするのを見ると他宗教を寛大に受け入れる懐の深さを感じる。
それにしても、自分ではない「誰か」の幸せを願い真摯に祈る人々の姿は何と美しいのだろう…。どんな素晴らしい芸術よりも心に響くものがある。

本日もモスクでは雨乞いの祈りを継続中。
早速ご利益を授かったのか、クアラルンプールの中心街は夕方からスコール。
乾いた大地への恵みの雨で気温も下がり心地良い。心優しき人々の祈りのお陰と素直に感謝。
日本も気象庁の肝いりで今年の夏は国民総出の暑さ対策「雨乞い祈祷」をやってみてはどうだろう?改めて温暖化問題を考えるきっかけとなるのではないだろうか?
祈るだけなら税金投入せずに済むし、なんなら使えねぇ政治家や働かねぇ官僚には炎天下で護摩焚き祈祷でもやらせて、高騰する物価高でクーラーのリモコンボタンを押すことに躊躇する、国民の気持ちを味あわせてやってもいいだろう。
…ほんの少しでも弱者の心に寄り添い、その痛みを知ろうとする優しさを持てれば…ちっとは日本もマシな国になるかもしれんな。
八大龍王🐉
恵みの雨降らせ給へ〜🐸
渇いた心に潤いを与え給へ〜🐸
(※注 マレーシア国家災害管理庁では空軍による人口降雨という科学的手法も駆使して高温対策を行っています)

