第944回 「ちょっとしたリアクション」

3月6日          中村 覚

車の免許を取る前はスクーターが移動手段でしたので、どこに行くにも1人、それが当たり前でした。友人と海岸沿いを走りながら室戸に行ったり、山を越えてお隣の愛媛県に行ったりもしましたが、運転中にお互いがそれほど話するわけにもいかず、やはり移動中は基本1人でした。

ところが車に乗り始めた時に、この車内という空間に自分1人だけということに違和感がありました。そんな大きな車に乗っているわけではありませんが、スクーターの時の生身の空間から比べると車内は広いのです。4人も乗れる空間に自分1人はもったいないのではないか。もちろん人と一緒にドライブすれば、おしゃべりするのには快適な空間です。でも、いつもそういうわけにはいきません。

何か解決するいい方法はないかとずっと考えていましたが、そう言えば中国の詩人、李白の「月下独酌(げっかどくしゃく)」の中に「名月を酒の相手とするときに月と自分と自分の影、この3人が仲間だった~」というようなことが書いてあったし、洋の東西を問わず自然を友とするというのは昔から言われていることです。

そうか、友をいつも車に乗せれば良いのか。そう考えると意外と簡単。友はネットで売られていました。ちょっとゴム臭いですが、誰しも欠点はあります、我慢、我慢。(笑)犬のマスクです。

助手席に被せるとこれ見よがしになりますので、後部座席に被せればできあがりです。購入して数か月の間は、バックミラーで後ろを確認した際に端にこの顔が映り込み、ギョッとしたこともありました。

いつも私の車に乗っている人からは「なに、これ?」「わっ、ビックリした。」
「やめた方がいいで。のけたら?」などなど。人は好き勝手言います。でも車に乗る人はだいたい決まっているので、一巡した頃には誰も何も言わなくなりました。人に見てほしくてやっているわけではないので、それでOKです。

先日です。最近知り合いになった人とドライブに行くことになり、前日に車内を一応掃除しました。当日、待ち合わせ場所に迎えに行くと「良い連れがおるねぇ」と言われ、ハッ!とします。犬のマスクのことです。掃除した後、最後仕上げに取り外そうと思っていたのをすっかり忘れていたんです。別に隠す必要もないのですが、初めて自分の車に乗る人にわざわざ見せることもないかと…。でも見られた以上、もう苦笑いしかありません。

これも最近のことです。狭い路地から大通りに出て、そのまま右折をしようとした時、ちょうど道を横切る50代ぐらいの女性がいました。当然停車です。そこには横断歩道はないのですが、近所の方なのでしょう、まるで散歩をしているかのようにゆったりと車の横を通り過ぎます。

その時、急に女性が「うわっ、スゴい、犬やっ!」と。多分、なんとなく車の中を見たんでしょう。この時は気分が良くなりました。日頃、よほどのことがない限り、人から「スゴい!」などと言われませんので。まぁ言われたのは犬のマスクですが。(笑)

自己満足で後部座席に被らせて2年ちょっと経ちます。買った当初ほどの面白味ももうなくなっていましたが、こんなふうに人からコメントをされるとまた盛り返しますね。相手のリアクションが気持ちを新鮮にしてくれます。人との関わりって、やっぱり大事ですね。(笑)