第1212回「ハンドキャッチャー」

5月30日             中村 覚

風の強かったある日のこと。「ここまで強い風は3年に1回あるかないか」そんなことを考えながら、朝 家を出ました。駐輪場で倒れている自転車や風に押されないように前かがみで歩く人達を見かけます。やっぱり今日の風は特別。

夕方、家に帰ると軒下のすだれが飛ばされて地面に落ちていました。すだれを吊るすためのポールが風のために金具ごと飛んでいたからです。あらら。でも これぐらいですんでよかったのです。

めんどかったのはこの後です。ポールを水平にして、すだれも定位置に戻さなければなりません。そのためには金具を軒下にまず引っ掛け直す必要があります。しかし腕を伸ばすだけでは届かないので脚立の出番。でも外から脚立を持ってくるのもめんどうですし、大掃除でもないのに脚立に乗ること自体、おっくうです。事故にもなりかねません。

そうだ、あれがあった!

長さ約80㎝のハンドキャッチャーです。これを使って手を伸ばせば金具をすぐに軒下に引っ掛けることができます。簡単で安全にすぐに終わりました。
年に1回あるかないかの活躍でした。

少し時間を置いて、何気なく横の窓ガラスを見るとハチが止まっています。ハチまで50㎝ほど。私は数年前に頭や腕を刺されたことがあります。もちろん、このハチにではないのですが。そして今、手にはハンドキャッチャー。
お縄にする時が来ました。一体、どんなつもりで人を刺しているのか。

ところが、そうは思っても内心ビビッているのか? つかもうと2~3回やっても手元がブレて失敗続き。つかもうとする度に1~2歩動くハチ。そろそろ決めないと、危険を察して反撃に出るかも… 次が最後のつもりで 「よっと!」

つかんでみると、借りてきた猫のようにおとなしく、かわいい たたずまい。「仲間が、あの時は悪かったな」と訴えるような眼差しもポイント高いです。
刺しに向かってくるようなあのハチがこんなにキュートな感じになることが意外だったので、写真と一緒に言葉少なめに「ハンドキャッチャーでハチをつかんだ」と数人の友人にLINEしました。

しばらくすると一様に「すごい!」みたいな返事をくれたので、私も面白がっていたのですが、少したってから「あら?もしかして…」と思い直します。
どうも私が飛んでいるハチをつかんだと勘違いしているのではないか?そもそもが、そんなにすごいことじゃないのに、返信がオーバー過ぎることにやっと気が付いたのです。

言葉少なにLINEしたものですから、「窓ガラスに止まっている」の部分を書いていませんでした。これは奇をてらうためでなく、そんなことは当たり前、ありえません。ですからいちいち書くことでもないかと。だって、もし そんなことができるなら、数少ない友人にLINEするよりも世間に向けて動画を出せばバズるかも。

自分の中で大前提のものは無意識に省いてしまう。この時もそうですが、日頃の会話でもちょくちょくやってしまいがちです。

このハンドキャッチャー、年に数回使うかどうかですが、やっぱり便利です。もう1個欲しいと思い、買いに行きました。ところが、買ったのは数年前なので、どこに置いてあるのか売り場がわかりません。せわしく棚を整理している店員さんに聞くと、ドライバーやトンカチを置いてある工具売り場に案内してくれました。あいにくの品切れ。「申し訳ありません~」と足早に元の仕事に戻ろうとする店員さんに「あぁお手数かけました」と言うと、すれ違いざまに「お大事にぃ」と。

「いや、こりゃまた、お気遣いいただいて」という話なのですが、それは後からじんわりわいた気持ちで。
最初 思ったのは「お大事に」ってことは、ハンドキャッチャーが、とても必要な状況と思われたんだなと(笑) そうですよね、松葉杖をついているので、そう見えて当然。ベッドの上や体をたいして動かさない状態で物を取るのに最適なハンドキャッチャー。

でも何が嬉しかったって、店員さんに声を掛けてもらったことで、この一連のことがコラムになりそう! ハチをつかんだだけじゃ弱かったもんで。