第1219回「AI時代に言葉の文化をどう守るのか」

7月18日

近年、AIとの対話が子どもたちの生活にも自然に入り込み、宿題の相談や悩みごとの聞き役として広く使われるようになりました。

そんな折、「AIとのやり取りを丁寧に締める『ありがとう』が環境負荷を増やす」という新聞記事を読みました。まるで会話の最後の『ありがとう』を省いた方が環境のためには良いというように読めたので、個人的に悶々としてしまいました。

確認してみると、国連大学(UNU-INWEH)が2026年に発表した報告書では、AIとの会話に含まれる「please」や「thank you」といった丁寧な言葉を省くだけで、年間87〜98GWhの電力が節約できると試算していました。これは、世界的にAI利用が急増している現状を示すものであり、「丁寧な言葉を使うべきではない」という意味ではなかったのです。

むしろ研究者が伝えたかったのは、AIとの会話量が爆発的に増えているという事実です。つまり、問題は『ありがとう』という言葉そのものではなく、世界中で何十億回も発生する“ちょっとした追加の言葉”が積み重なると巨大な電力になるということ。「ありがとうを言うな」ではなく、「無駄に長いやりとりを続けると、その分だけ電力が消費されてしまう」という文脈だったのです。

事実を知ってホッとした一方で、私は教育に携わる者として別の心配も抱きました。もしAIとの会話で「ありがとうを言わなくてもいい」が広がると、子どもたちの言語習慣に影響が出るのではないか、と。

子どもは、言葉を「相手の反応」を通して学びます。言えば喜んでくれる、言わなければ寂しい顔をする。そうした経験の積み重ねが、言葉の意味を形づくっていきます。しかしAIは、傷つかないし、沈黙しないし、表情も変わりません。だからこそ、子どもたちは「言わなくてもいい言葉」をAIとの会話で自然に省略していくでしょう。その習慣が、人とのコミュニケーションにも持ち込まれてしまう恐れがあるように思います。

教育現場では、「ありがとう」「ごめんね」「お願いします」といった言葉が、子ども同士の関係性を守る大切な役割を果たしています。これらは単なる礼儀ではなく、相手の心を尊重するための“関係性の言葉”です。AIとの会話で省略が当たり前になると、子どもたちは人に対しても同じように「ありがとう」や「ごめんね」を省略してしまうことにつながらないでしょうか。

AI時代の教育は、便利さを教えるだけではいけないと思います。むしろ、『ありがとう』の一言から生まれる相手を尊重する文化、丁寧な言葉の価値を再確認し、子どもたちに伝えていく必要があるように思います。

「AIには省略しても、人には丁寧に」。そんなシンプルな線引きを子どもたちに示すことが、これからの言葉の文化を守ることにつながるのではないでしょうか。

AIは傷つかない。でも、人は傷つく。だからこそ、AI時代の子どもたちに『ありがとう』の意味を伝えることが、ますます大切になっているように感じます。