第886回 「心のバランス」

1月25日

新型コロナウイルスによる肺炎患者が世界中に広まって、人々を震撼させています。
2003年、中国で重症急性呼吸器症候群(SARS)の感染者が急増した頃に日銀の友人が中国に赴任しており、ずいぶん心配だったことでした。でも今はその頃と比較にならないほど世界は密に繋がっていて、日本でも感染者が現在3人。ちょうど春節と相まってまた感染が広がるのではないかと非常に心配されています。

考えると不安になりますが、では何ができるのでしょうか?
日頃も行っているうがい・手洗い・マスクなど、小さなことを積み重ねていくことだそうですね。

それとは別の脅威で、人の悪意が形になったネットウイルスがあります。弊社のホームページのメールアドレスも外国から添付ウイルスで攻撃されることがあり、ウイルス対策ソフトなどで自衛し気をつけています。

ところが今日、face book のグループの投稿に、友人名でこういう動画が載っていました。

「あなたはこのビデオに出演していると思います、本当に感動しました!!! 」

昨年末にたまたま勉強会があったので、それかな?でも少し言葉が変だな、と思いつつ開いてみると、ブログのようなサイトには、特に何も表示されてませんでした。

すぐに友人から「私は送ってないの。昨日も送られて来た!どうすればいいかわかりません。開けないでください!」というメッセージが。
えぇっ、どうしよう!?ショックでした。

幸い例のサイトに動画はなくそれをクリックすることもなかったので特に被害は出ませんでしたが、こうした脅威は自分ではどうしたらいいのかわからず、何もできないことにかなり気分が落ち込んでしまいました。

その後友人は、face book でログインパスワードを変えるように知人に教えてもらい、そうしていました。私も右へならえ。
ささやかですが行動できたことで、安堵できました。

時に日常で不安がいっぱいになり、あふれそうになることがあると思います。では、そうならないために どうしたらいいのでしょうか?

私はこのところ、アマゾンプライムビデオで「シカゴファイア」という消防署の人間ドラマに かなりはまっています。火事、事故、爆発など様々な苦難の場面に駆けつけ、仲間と共に我が身を呈し人を助ける姿を見ると、自分の悩みのなんとささやかなこと!と気づかされます。

命に関わる現場で 冷静に緊急度・重要度で問題解決していったり、強いリーダーでも部下を助けるにはどうあるべきか悩んだりする姿。そんな中で「自分にできることをコツコツとやっていく」リーダーが事態を切り拓いていく様に、その重要性を何度となく再認識させてもらいました。

日常生活の中で困ったことや苦しいことは色々あるけれど、不安や恐怖というマイナスの要素があふれそうになったら、まったく関係ないことでいいので、ちょっとだけ心が安心する、満たされるプラスの行動をとってみるのはいかがでしょうか?好きなDVDでもいいし、友人の励ましも効果的かもしれません。
そうして心のバランスをとると、また前へ進む勇気をもらえるきっかけになるかもしれませんね。

第885回 「母の新聞記事ウラ話」

1月18日

私ごとですが昨年12月27日、84歳の母を高知新聞の記事で取り上げて頂きました。
300人育成 伝説のバスガイド」。母は旧土佐電鉄で バスガイドの育成に1983年まで、およそ30年近く携わらせて頂いた北岡香子(きょうこ)と申します。

母には子どもの頃からかなり厳しく育てられ、「怒られないように」が大きなモチベーションだったほどです。今でも日常生活でよく叱られることがあり、主人が「その年になっても、大変やなあ」と同情してくれるほど。(笑)もう80を超した母に「老いては子に従ったら?」と言っても聞かないし、まあその気概が元気な秘訣でもあるわけなのでしょう。

母に新聞取材のお話があった時「嫌だから、断ろうと思うんだけど」と相談を受けました。一体何の話をしたらいいのかわからない、今さら新聞に載るなんて嫌だとか、かなりごねてました。(笑)

でも、もう高知では途絶えてしまったバスガイド文化を語るには生き字引でもあり、覚えている間に少しでもそういったことをお伝えしておくのも大事ではないか、そして記事になれば教え子の皆さんも元気になれるのではないか、と説得して渋々取材に応じることに。昔の写真などを準備し、私は母の仕事年表を作り、いざ取材。しかしあまりに話が広かったせいか?10月から5回も時間をかけて頂いたそうです。

新聞に記事が載った日には、朝6時台から夜11時まで続々と教え子の皆さまや知り合いからお電話を頂いたそうで、1週間ほどそれが続き、母も喜んでいました。

母は15歳で土佐電鉄に入社し、高卒の同期に負けたくない一心で休日は図書館に通い、高知の地理と歴史を猛勉強したそうです。入社当時のバスガイドの原稿は、「ここは○○です」といった場所の説明だけだったため「人」をからめるとより伝わるのではないかと偉人のお墓に足を運び、土佐史談会に歴史の勉強に通いました。司馬遼太郎さんや宮尾登美子さんの文章などご本人に許可を頂いて参考にし、たとえば龍馬と姉など、イキイキとした会話文にしていました。

ガイド見習いの新入社員は、分厚いガイド原稿の冊子を必死で覚えたそうです。練習用バスに乗り、「ここからここまでの間にこれだけの原稿を語ると、目の前にパアッと太平洋が開けてくる」など計算された原稿を暗唱できなかった新人さんは、容赦なくバスから降ろされたとか。

「今だったら、パワハラで大問題だよね」と言うと、母は
「当時はそんなもんだった。ま、路線バスには乗って帰れたからね」と涼しい顔でした。(笑)

しかし、その母の気概が役立ったエピソードもあります。昭和27年 19歳でバスガイドをしていた頃、愛媛県三坂峠で観光バスがブレーキが利かなくなるアクシデントが起きました。視界が悪い中、母がカーブごとにタオルを振ってバスをゆっくり誘導して標高720mの峠を下り、事なきを得たとか。

そもそも母が「エンジンブレーキを使わないと」と運転手さんに助言したのに、気難しい運転手さんが(小娘が何を言うか、新しいバスでもあるし)と無視してフットブレーキを多用し、タイヤから煙が出たのだとか。
母は「他のベテランの運転手さんの話を伝えただけ」だったそうですが、その時の対応力を買われ翌年弱冠20歳でバスガイドの教育係を任せられたということでした。

月日は流れ 昨年、旧土電、現「とさでん交通」はバスガイドがついにゼロになり、長く続いた土佐路のバスガイド文化も終わりを告げたのでした。母は「いい時代に、いい仕事をさせて頂いた」と今も感謝しています。

第884回 「気分上々」

1月10日              中村 覚

令和2年が始まりました。
皆さま、本年もどうぞよろしくお願い致します。

毎年、年明けは初々しく感じるものです。部屋のカレンダーやダイアリーが新しくなり、気持ちも一新。 初詣やおせち料理など、年に一度のこの特別な感覚は、やっぱり気持ちが揚々とします。

毎年、正月は県外で働いている中学からの同級生が帰ってきます。今年もドライブをしながら最近の話から学生の時の昔話に花を咲かせました。そんな中、テレビで知った言葉がとても良かったから覚えたと、友人が言うのです。

「これまでが これからを 作るのではなく~」 さあ 中村、この後に続く言葉は何だと思う?とクイズ形式で聞かれました。 でも私には全くわからず・・・
答えは 「これからが これまでを作る。」でした。 最初から言うと

「これまでが これからを 作るのではなく、これからが これまでを作る。」

んぅ~、良い表現だなあと思い、忘れないようにその場でゆっくりと確認を取りながら復唱しました。(笑)

過去に起こった失敗や後悔と思われる出来事も、これからの体験や物の考え方次第で、活かすことができる! 昔は30点と思っていた事柄も、考え方が変われば75点ぐらいにはなるでしょう! みたいな。(笑)

まさに新年にふさわしい言葉だと思ったのです。教えてくれてありがとう!と素直に言いたいですが、面と向かっては無理ですね。(笑)

次は友人の子供の話です。この子は天性の明るさを持つ小学2年生の男の子です。とにかくこの子が居ると場の雰囲気がグイーンッと引き揚げられ、まさにエネルギー増幅器。テレビで見たことや買い物、家での出来事などを両手に花束いっぱいのように次から次へと話してくれます。エンドレスですから 頃合いを見て、父親(私の友人)が「少しは休んだらどう?」と言っても、そんなのはどこ吹く風です。

おおかた2時間近く話した頃でしょうか。みんなで食事をして小腹もはり、ここらでちょっと休憩かな? という雰囲気になった時、この子がボソッと呟きました。
「あぁ 楽しくて仕方なぃ。」

何 それ? こんな独り言・・・。 今まで考えた事もなかった。

トーン低めの「あぁ 楽しくて仕方なぃ。」

大人で言うところの、ここらでちょっと一服、休憩「ふぅ~」。 そんな感じで、こんなこと 言う? 素晴らしい!(笑)
このセリフは良いなぁ。 マネしましょ。

えっ?毎日が子供みたいにそんなに楽しいのかですって? いえいえ。

子供とはやっぱり事情が違いますから、そこは気概か何かでウヤムヤにして乗り切ります。そして ちょっとした合間に ウソでもボソっと「あぁ 楽しくて仕方なぃ。」

繰り返すうちに 和んでくるに違いありません。(笑)

本年も皆さまにとって より良い年でありますように。