第1178回「ありがとう、『あんぱん』!」

9月27日

ついに、朝ドラ『あんぱん』が半年間の放送を終えました。
まずは2年間かけて130回の脚本をお書きになった中園ミホさんに、感謝です。人生の指針にもなるような、名作ドラマをありがとうございました!やなせたかし先生と交流がおありだった中園さんの素敵なストーリーは、期待をはるかに超えた素晴らしいドラマでした。

NHK高知局は放送最終日「『あんぱん』最終回を見る会」を開催し、1300人もの方々が中園さん、登美子役の松嶋菜々子さんと共に視聴しました。そこで中園さんが「『アンパンマン』が体現するメッセージは、すべてやなせ哲学だと思っています」とお話しなさったそうです。

「やなせ哲学」!さすがは中園さんです。そう、やなせ先生の作品は子どもでもわかりやすい言葉を使っていながら、非常に深いメッセージ性があります。やなせ先生は名言の宝庫と言うくらい素晴らしい言葉をたくさん残していらっしゃいますが、それらをドラマの中にちりばめたことで、多くの視聴者の心に届いたのでしょう。

・何のために生まれて、何をしながら生きるがか。見つかるまで、もがけ。必死でもがけ。

嵩の父代わりの伯父、柳井清(竹野内豊さん)のセリフは、アンパンマンのテーマでもあります。やなせ先生ご自身、「ぼくは40歳を超えてもまだ五里霧中で、挫折どころか出発していなかった」(『アンパンマンの遺書』)と人生をふり返っています。アンパンマンがテレビで取り上げられたのが69歳の時で、それまでの長い助走期間は漫画家として売れなかったからこそ、いろいろなジャンルに挑戦しました。普通 漫画家は売れれば漫画を量産し、言葉を残すよりもたくさんの漫画で語る。そういうものではないでしょうか。やなせ先生の場合、長かった助走期間は、ご自分の中で様々な経験が咀嚼されるためにかかった時間だったのかもしれません。

・もし逆転しない正義があるとしたら……全ての人を喜ばせる正義。(嵩)

このドラマの核となるテーマ、「逆転しない正義とは?」を、戦後 嵩とのぶは探すわけですが、そのためにも、のぶが戦時中の象徴だった「愛国の鑑」である必要があったわけですね。これはドラマのオリジナル設定でしたが、朝ドラでヒロインが「お国のために!」と子どもに軍国教育を施し、家族同然だった妹・蘭子の許嫁が戦死したことも「誇りに思わんと」と言い放つシーンは、前代未聞。今田美桜さんも演じていて「辛かったです」ということでしたし、中園さんも、この時ののぶは「ヒール(悪役)ですよね。よく頑張ってたなと頭が下がります」と語っていました。

・精一杯頑張ったつもりやけど、何者にもなれんかった。そんな自分が情けなくて、世の中に忘れられたような、置き去りにされたような気持ちになる。(のぶ)

晩年ののぶのこのセリフは、実は中園さんの同級生が同窓会でおっしゃった言葉なのだそうです。多くの視聴者の心に刺さったようで、大きな反響がありました。

翻って私自身も、同じ苦悩の経験があります。長女を出産し障害児だったことがわかり、ずーっと娘と向き合っていたときに「世の中に忘れられたような、置き去りにされたような気持ち」になりました。その後ひょんなことで仕事を始め、社会的・客観的な視野を得ることができて、とても救われた気持ちになったことを覚えています。

中園さんと私は同い年です。自分の人生を振り返ると、まだ何者にもなれていない私がいますが、「何者かにならなければ、それは価値のない人生なのか?」というと、そんなことはないと今は思えます。自分で自分の人生に納得がいけばそれで良いのではないでしょうか。やなせ先生も『明日をひらく言葉』で「大金持ちになったりしなくても、生きている間がおもしろくて楽しければ、それで充分いいのではないのかな?」とお書きになっています。これは今のSNS時代の「自分の豊さをアピールする」ような風潮とは相対するものかもしれませんが、とても心惹かれる一文です。

この半年間、朝から人生について深く考えさせられた朝ドラ『あんぱん』でした。