第1195回「人生からのお題」

1月31日                      中村 覚

「延々、楽しめる」そんな言葉がテレビから聞こえてきました。延々、楽しめる?! これ以上の賛辞があるでしょうか。すっかりこの言葉に気持ちを持っていかれ、用事をしつつの ながらテレビでしたが画面に見入りました。

スタジオに売れっ子の芸人さんが数人集まり、「大喜利は延々、楽しめる」と顔をほころばせながら自分たちの仕事についてしゃべっているのです。こんなことは実力のある人だからこそ言えると思います。そしてこの時 「大喜利」というものを改めて考えてみました。もちろん、これまで何度となく見たことはありましたが、その面白さがよくわかっていなかったのです。

ヤボとは思いますが、少し大喜利の説明を。司会者が複数の回答者に向けて「お題」を出します。それに対して面白い答えを出し、競い合います。
例えば「今日は〇〇な天気だ」というお題だと、それに沿って気の利いた答えを次から次へと発表していき、一番面白いのは誰なのか。勝敗を決めて場を沸かせます。

一般的なクイズ番組と違い、答えに「正解」があるわけではありません。
回答者の発想により多種多様な答えが存在します。「大喜利は延々楽しめる」という発言は、こういったことも踏まえてではないでしょうか。極論、クイズ番組では答えを知っている人が勝ちですが、大喜利では答えを回答者が自分の人生観も交えて作り出すのです。そう考えると大喜利って、スゴイな! と。

こんなことがあった 数日後、今度は全くジャンルが違うのですが、テレビでヴィクトール・フランクルの番組をやっていました。フランクルはオーストリアの精神科医であり心理学者です。第二次世界大戦時にナチスの強制収容所を経験します。戦後に出版された「夜と霧」は、収監された極限状態をもとに人間の生きる意味を問い、苦難の中であっても希望を見出す重要性を描き、世界的ロングセラーとなりました。

番組ではフランクルの生涯を、生前の映像や彼の残した言葉と共にわかりやすくひも解いていきます。そんな中、次の言葉が大きく画面に映し出されました。

「私たちが人生から何を期待できるか、というのが重要なのではなく、
 むしろ    
 人生が私たちから何を期待しているかが重要だということなのです。」

理不尽極まる収容所を体験したフランクルにとって、夢や願望といったものは私たちが人生に一方的に期待しているもの。しかし人生から突き付けられる出来事に対して、私たちがどう対応するのか。それこそが重要だということなのでしょう。

私の勝手なイメージとしては、もう疲れて座り込んで休憩したいと思っている自分がいるとします。そんな自分を遠くから見つめている人生。「さあ この状況で、次 どう行動する?」とニコニコ笑顔で、仁王立ちです。自分と人生、対照的な存在にはどこかユーモアを感じます。

そして、このフランクルの考え方と先ほどの大喜利には似通ったところがあるように思いました。

●人生からのお題も一方的です。こちらの意向はおかまいなし。選べません。
●お題に対する答えは、自分で決めます(作ります)。

フランクルと大喜利、本来は並べて考えるものではないのですが、どんなことも、日常に取り入れて なんぼ だと思います。

誰にでもあると思うのですが、人生を振り返り、当初は腰を下ろして頭をひねって考え込んでいた心配ごと。それらが時間の経過と共に今では納得したり、笑って人に話せたりするかも…これは人生からのお題に答えた証拠と思います。そう考えると感慨深さも2割増しかと。そしてそんな自分を遠くから見ている人生もにんまりしているのではないでしょうか。

既に答えたお題、未解決のお題、まだ見ぬお題、色々あると思いますが、
フランクルの思いを胸に大喜利気分で、過ごせたらいいですよね。