第1200回「卒業式に見えた水平の祝福」
3月7日
見上げる追手前高校の時計台は、いつもと同じように静かに佇んでいました。でも今日はその下で、いつもとは違う時間が流れています。
一生に一度だけの高校の卒業式の場面。光栄なことに、校友会の副会長として立ち会わせて頂くことになりました。次女の卒業式以来、なんと18年ぶりです。
式が始まりました。国歌斉唱、校歌斉唱と進みます。
「あおぐは高き時計台 久遠の時を刻みつつ~♪」
久々の母校の校歌を生徒達と一緒に歌うのは、また格別です。
そして、卒業証書授与。静寂の中 担任の先生が、生徒の名前を一人ずつ読み上げます。「はい!」と返事し、立ち上がる生徒たち。咳一つもはばかられるような、厳粛な時間が流れます。クラスの代表者が壇上に上がり深々と礼をし、卒業証書を校長先生に頂きます。次の瞬間、予想外のことが。
校長先生と生徒が、しっかりと握手をしたのです。
「え?」
大学では珍しくないでしょうが、高校では、あまり見たことのない光景です。
令和7年度の卒業生は224名。7クラスの代表者7名が同じように握手していました。
私の時はもちろん、次女の時も握手はなかったように記憶しています。それだけに印象的で「素敵だな」と思いました。厳粛な儀式の中にふっと現れた“人と人との温度”のように感じたからです。
校長先生の【あなたを祝福します】という、個人に向けたまなざし。
生徒の【受け取り、前に進みます】というまっすぐな姿勢。
この二つが重なると、「上下」関係ではなく「対等な祝福の交換」という空気が生まれていました。
卒業式はどうしても儀式的になりがちですが、握手の瞬間だけは「人と人」、一対一の関係になったように感じました。「おめでとう」という気持ちが身体的に表現されて伝わる、特別な意味になります。なおかつ、147年という長い歴史を持つ「追手前らしさ」も伝わったように思いました。
(撮影したかったのですが、厳粛な雰囲気を壊すようでカメラを構えることすらできませんでした。残念!)
大学の卒業式では、握手は比較的よく見られます。
でも高校はまだ社会に出る前の「途中の世代」で、儀式の中で自分を表現する場面は多くありません。高校の卒業式は上下関係が強く見えがちなのに、握手は一瞬でそれを溶かし、そこには「民主的な教育とは何だろう」と静かに問いかけてくるような空気がありました。歴史ある追手前高校が、形式だけでなく「人の成長」を本当に大切にしていることが、あの一瞬に凝縮されていたように思うのです。
高校では珍しい「水平な関係」が立ち上がったことこそ、今の追手前が育んだ「教育」でもあるのだと感じました。
一瞬の握手が示した“人と人の温度”を胸に、花吹雪の中を退場していく卒業生達に幸多かれ!と願わずにはいられませんでした。




