第1199回「昭和21年の14歳が教えてくれたこと」
2月27日
人が価値観を形成する瞬間には、時代の空気感が深く影響します。特に教育において、環境はとても重要です。そんな“学びの原点”に触れる出来事がありました。
先日、昨年の追手前高校の校友会懇親会での写真を、思いがけなく頂きました。私のお隣にいらっしゃった昭和27年卒の92歳の有澤さんが学校に言付けてくださったのです。旧制中学校の最後の生徒だったお話を伺ったのでしたが、思いがけないことに驚きと喜びを感じお電話しました。受話器の向こうから聞こえる有澤さんのお声はしっかりとしていて、「当時の貴重なお話をもっと伺いたい」という気持ちになり、お邪魔させて頂くことになりました。
その時代には珍しく190cmはあろうかという長身の有澤さんは、明瞭な言葉でなごやかに当時の学校のことをたくさんお話しくださいました。
卒業アルバムなどを見せて頂く中に、古い高知新聞の切り抜きがありました。拝見すると「昭和二十一年五月二日」の旧字の右書きの文字が。敗戦後、1年もたたない時期です。「初めて高知新聞に載った時の記事です」と微笑む有澤さん。
「軍政部で学校調査」という見出しです。昭和20年の敗戦後、追手前高校(城東中学校)は西半分を、燃えた県庁の代わりに接収されていました。文字もかすれて所々読めませんが、当時の記事です。
「高知進駐米第八十一軍政部は、本県の教育の民主化ならびに連合軍最高司令部の教育に関する指令が履行されているかなどの問題について各方面から学校の調査を行っているが、四月三十日県立城東中学校の調査を行い教師・生徒らに対し種々質問午後四時調査を終わったが、同部教育○任将校コープ大尉は渉外記者団と会見、次の如く語った。」
占領初期の日本では、連合国最高司令官総司令部(GHQ、進駐軍)が日本の管理政策を行い、沖縄以外の46の都道府県に軍政部を設置していました。
写真(一番右)は有澤さんが中学1年生、14歳の時です。出席番号で「あ」から始まる名前の3人の生徒が校長室に呼ばれ、コープ大尉から色々と質問されたそうです。その内容はほとんど忘れたということですが、1つだけ鮮明に覚えている質問があるそうです。
「天皇陛下を、神様と思うか?」
「思う」「思わない」などと前の二人は答えたようですが、最後の有澤さんは
「生きた神様は、いないと思います」と答えたそうです。それに大尉を初め軍政部の人たちがドッと湧いたのを覚えているとか。
つまり、当時の“天皇陛下は、現人神(あらひとがみ)である”という思想に、どれだけ生徒が染まっているか、軍政部が来て調査したのでしょう。それはあたかも記憶が「時代の証言」へと変わる瞬間でした。
14歳の少年が堂々とそう答えられたことに、まったく関わりのない私ですら、「それが、時代が変わったということなのだ」と、聞いていて感慨を覚えたことでした。
新聞記事から始まった小さな出来事が、歴史の奥行きを垣間見せてくれた瞬間。
「歴史の転換点に立った14歳のまなざし」は、私たちが今どんな価値観を育て、次の世代に渡していくのかを静かに問いかけているようでした。


