第1205回「建築探偵のまなざし②~武田五一・水平線の美学」
4月9日
今回は追手前高校の校舎建築を監修した武田五一の特徴を、“建築探偵”と言われる円満字洋介先生が読み解きます。
昭和6年に建てられた築95年の校舎の設計図の冊子は、驚くことに縮小版のコピーがそのまま残されていました。「これは構造図ですね。重要なものですよ」と円満字先生のお墨付き。その後、校舎のあちこちをご覧になっていました。
「この中央階段の、下がくるっとなった手すり。武田はこういうのが好きなんですよ」
「そうなんですか!」と私もなんだか興奮します。
「母校なので、武田の本気が詰まってますね」と嬉しい一言。
「昭和初期の校舎をまるまる残しているのは、公立高校では非常に珍しい。昭和の高度成長期にほぼ、建て替わっていますからね」
建築家の先生にそう伺うと、高知県が追手前の校舎を何年もかけて長寿命化改修で残そうとしているのは、未来への遺産として重要なことなのだなと改めて感じます。
校舎を歩きながら円満字先生の解説を聞いていると、武田が大切にした3つのデザインの手がかりが、次々と姿を現してきました。
バルコニー、3連アーチ、そして最後に私が最も驚いた“水平線の強調”です。
「バルコニーと3連アーチ!確かに追手前にもある!」と思い当たりました。“水平線の強調”とは水平線をそろえることで、言わば“水平線の美学”です。
①バルコニー
バルコニーは今、工事のためシートで覆われているので残念ながら見て頂けませんでしたが、こういう時に『追手前伝説』の写真が役に立つとは予想外でした。
②3連アーチ
出版後に判明した「1階西入口のアーチは、実は隠された3連アーチだった」というのも、これで納得が行きました。(第1102回コラム)
武田は「3」が好きだったそうで、だから3連アーチだったんですね。
でも円満字先生は見る前から3連アーチがあるとわかっていたようで、「なぜですか?」と伺うと「設計図には、ちゃんと3連アーチが描かれていたんですよ」
なるほどー!私も後で改めて設計の断面図を見て、ちょっと感動しました。
③水平線の強調
素人の私が一番わからなかったのが、このフレーズでした。元貴賓室だった校長室の写真をご覧ください。
円満字先生の解説です。
「武田は設計監修ですが、校舎の中でも正面玄関中心に貴賓室など主要な場所のインテリアと外観は、自分で描いてると思いますね」
「武田は方眼紙とコンパスでデザインしていくんです」
「方眼紙で描いてるので、窓も正方形が出てくるっていうのがいかにも武田っぽいです」
「だから、ドアのガラス枠の下の端が腰壁のラインとそろっているんですね」
確かに!腰壁・窓枠が同じ高さで揃い、空間に一本の静かな帯をつくっています。これが『水平線の強調』なんですね。美しい。下の写真、黄色のラインです。
部屋を一周していて視線を横方向へ導き、落ち着いて感じさせる静かな水平線です。その上の緑のラインは壁の縁飾りと窓枠が一本の糸で結ばれたように揃っていて、空間全体に“静かな水平性”が息づいています。武田は、線の構成によって空間の落ち着きと広がりを生み出していたのですね。
こうしてお話を伺うと、玄関でも今まで見えなかった水平線が見えてきます。
天井の段になっている水平線ラインや、円柱の大理石の縁と壁のラインまでがきれいに揃っていることに初めて気づきました。「玄関周りと貴賓室のデザインは武田が描いたのでは」という円満字探偵の推理に、とても納得しました。
ふと想像しました。もし改修工事で、あの元貴賓室のドアや窓がまったく違うデザインに変えられたらどうなるでしょう?揃えられた水平線は分断され、空間の趣は大きく変わってしまいます。つまり、建物の持つ深い意味が改修によって永遠に失われてしまうのです。しかしその建築意図がわかっていれば、改修時にもそれを受け継ぐことは可能です。だからこそ、建築探偵に読み解いてもらうことの意味があるのだと知りました。
(工事前2022年撮影)
追手前の建物の外観は過剰な装飾がなく、時計台の端正な形態が建物全体のアクセントになっていて、それが静かな気品を生んでいます。
水平線を強調すると、視線は自然に横へと流れ、建物は高さよりも「広がり」を感じさせます。武田にとっては、昭和の新しい美意識を表現する手法だったのでしょう。
「この建物は昭和6年にでき、武田は昭和13年に亡くなっているので、晩年の作品ですね。だからこそ自由なんですね」と円満字探偵は満足そうに微笑んだのでした。








