第825回 「ついに再会!めもあある美術館」

11月9日

以前、第661回で「めもあある美術館」のことを書きました。小学校6年生の国語の教科書に掲載されていた作品で、私が長年ずっと、もう一度会いたかった物語です。ストーリーの素晴らしさと、印象的なイラストに再会したい!というのが悲願でした。

ネットで「めもあある美術館」のサイトも訪問したのですが、残念ながら送って頂いたのは昭和50年代の教科書のコピーでした。感謝しつつも、私が読んだのは昭和50年の少し手前だったので、イラストが違っていたのです。

今はネットで古い教科書のオークションサイトもあります。思い出しては調べていたのですがなかなか巡り会えず、また数年の年月が流れました。

先日、これも懐かしい中学校の英語の教科書を求めて実家を訪れましたが、やはりもうありませんでした。その後、自宅の屋根裏部屋ならあるかもしれないと思い、探していたら…何度も見たはずの段ボール箱の片隅にあったのです!!

東京書籍の小学校5年生と6年生の国語の教科書が。

5年生の方は薄いビニールカバーがかけてあり、特にきれいな状態でした。
私にとっては、ダイヤモンドよりも貴重なかけがえのないお宝です。
長年探し続けていた青い鳥は、やはり家にいたのでした。(笑)

極度の興奮の中、心を落ち着かせて6年生の教科書をめくります。

シミもありますが、十分きれいです。
そして、懐かしい「めもあある美術館」へ。

「ぼく」は兄弟げんかの末、かあさんに怒られ家を飛び出します。あてずっぽに歩くうちに、暗い古道具屋の片隅で 死んだおばあちゃんの油絵に出会い、衝撃を受けます。その絵に描かれた自分しか知らない場面を思い出していると、まるで自分が描いたような気もしてくるのでした。

そこにのっぽの男が現れ、その絵を買っていきます。「ぼく」がその男の後をついて行くと話しかけられ、「めもあある美術館」に招待されます。その美術館とは…。

誰しも自分だけの名札のかかった扉の向こうに、人生の1シーン1シーンを切り取った絵が飾られているんだと心が躍り、じゃあ自分の扉の向こうには、どんな絵が飾られているんだろうと小学生の私は想像をたくましくしたものでした。

この『めもあある美術館』の不思議な読後感とぴったり合った幻想的な挿し絵が大好きで、ずっと心の奥に残り続けていました。最後の、地平線に伸びた真っ直ぐな道が、忘れられません。(第661回のコラムより)

もう、これ自体がすでに私の「めもあある美術館」の1ページになっています。
最後のページをめくるときにはドキドキして、まるで初恋の人に再会できたような、天にも昇る気持ちに…!

小さな挿絵は、私のこころ一杯に広がっていきました。
地平線ではありませんでしたが、まっすぐな道はやはり印象的でした。

こうして私は長い間の人生の宿題を、1つ仕上げた気分になったのでした。

え、後の宿題は何かって?
それはまた、おいおいにお話ししましょう♪

第824回 「やなせさんにもらった きっかけ」

11月2日              中村 覚

うち(高知)の匠、漫画家 やなせたかしさんが亡くなって はや5年も経ち、時間が流れるのは本当に早いものだと思います。しかし やなせさんの創ったキャラクター達は今も生き続けています。ご存知 大活躍中の “それいけアンパンマン”、テレビ放映はもちろん、関連商品もいまだにたくさん発売されています。

これもその中の1つ。

「かびるんるん」。 いかがでしょうか、このネーミング! 脱力感満載のイラスト、そしてこの色合い。十数年前に初めて見た時から「参りました。」状態です。

向かい合っただけで相手の実力がわかってしまい、試合にもならないという まさにあの状態でした。 カビなんですけど、宇宙人にも見えます。たしか バイキンマンの連れだったと記憶していますが、詳しいことはわかりません。(笑)

番組の顔であるアンパンマンやしょくぱんまん そしてバイキンマンなど スター達はことあるごとに商品化に恵まれますが、それに比べると、「かびるんるん」の商品化はそうそう滅多にあるものではないと・・・。採算が合わないかな?(笑)。

先日、初めてのコンビニでこの商品をたまたま見つけて「 これは珍しい!」ということでレジに。レジの店員さんは私と同年代ぐらいの女性で、商品を見るなりニッコリ笑って「私もアンパンマンなの。」とご機嫌な様子。

「・・・?」

でも「アンパンマンよりも、かびるんるんの珍しさに惹かれただけで・・・」と言うのも変だなと考えている内に、自然に「えっ?」と聞き返していました。

すると “待ってました”とばかりに(?) その女性は素早くクルッと後ろを振り返り、背中の真ん中辺りに貼り付けてあるワッペンを見せてくれたんです。

直径10センチ程のそのワッペンがアンパンマンの顔でした。
思わず「どうしてアンパンマンなんですか?」と笑いながら聞きました。

瞬間、女性は無垢な子供のような目から 大人の目に変貌し
「それ、聞きます?」

(あれ? なんか 変なこと、聞きましたっけ?)
一瞬、不安になりました。

「実はね、この上着(制服)を支給されたその日に、たばこの火で焼いちゃったの。 どんどん燃えるのよ この服。 すぐ大きな穴になっちゃって、だからなの」再びニッコリ。(笑)

初対面で そこまで話してくれます? 普通・・・・(驚)。

裏で休憩中 くつろいで喫煙している時に、支給されたばかりの上着をたまたま膝の上にでも乗せていたのでしょうか、灰がそこに落ちて~。まっ 真相はわかりませんが。(笑)

焼けた部分にワッペン。そんな大人の事情があるとは露知らず。
そりゃ、聞くのが無粋ってもんです。

店を後にして帰り道、ふと 「でも なんでワッペンがアンパンマンだったんだろう? わざわざ買って貼ったのか? 家に(子供さんのが)あったのか? 本当にアンパンマンが好きなのか?」

なんにしろ、やなせさんがこの日のきっかけを作ってくれたのでした。

<おまけ。心臓マッサージをする時には、胸の圧迫は毎分100回のリズムで押すのが最も良いそうです。そしてそれには、あの『アンパンマンマーチ』のリズムが最適らしいのです。さすが、アンパンマン!>

第823回 「ビッグバード俳優の引退」

10月27日

我が青春のセサミ・ストリート!1969年の番組誕生から50年間ビッグ・バード役をなさっていたキャロル・スピニー氏がこのほど引退するニュースが流れました。アメリカ・テレビ界最高の栄誉とされるエミー賞の受賞もなさっています。84歳なので、引退はもう納得なのですが、なんとNHKの7時のニュースでも触れてたのでビックリ!

大きな巣にいるビッグバード。無邪気で好奇心が強い永遠の6歳児で、2m50cmの大きなカナリア、という設定ですね。今はバトンタッチされた方が演じています。

スピニー氏はビッグバード以外にも、ゴミ箱の中にいる緑色のキャラクター「オスカー」も担当していました。二つのキャラを一人で演じ続けていらっしゃったんです。だから当時は、ビッグ・バードとオスカーが同時に出演することってなかったんですよね…。(遠い目)

上の写真は、NHKでセサミストリートが放映されていた昭和52年のテキストです。なんと40年も前なのか~!月日のたつのに驚かされます。

セサミのテキストは段ボール数箱分あったんですが、10年ほど前 掃除の途中にあまり吟味もせず30冊くらいを残し、勢いで処分しちゃいました。今となっては貴重な資料かもしれません。

テキストの変遷です。左上が1974年(昭和49年)、そのまま右に1977年、1981年、左下から1988年、1993年、1996年(平成8年)のものです。著作権や肖像権の関係か、イラストの表紙時代が長かったように思います。

懐かしくなって検索していたら、偶然ネットオークションで、初期のテキスト4冊を見つけました。1972年(昭和47年)の1月~4月のものです。「これは欲しい!見たことがない!!」と思い、4冊で4千円で手に入れました。1冊千円ですね。(ちなみに元値は210円)

届いて、ワクワクしてめくってビックリ!最初の14ページはふんだんに俳優の写真が載っています。うわぁ、何て豪勢!俳優陣の写真は、70年代半ばからほとんど載らなくなったんです。亡くなったフーパーさんやデイビッド、初代のゴードンもいる!もちろん、大好きなボブもスーザンもマリアもいます。

日本ではまだ著作権なんて言われなかった昭和47年の第1号から、奥付に無断転載禁止と書かれているのが、さすがはアメリカと感心しました。でも著作権は50年間と言われます。計算すると2022年まで、あと4年で切れるんです。呆然としますが…そうなれば中もご紹介できるのではないかと思います。(笑)

セサミストリートが生まれた背景についても書かれていました。当時からアメリカの犯罪や人種問題は深刻で、その対策の一つ「ヘッドスタート計画」に基づくものだったそうです。就学前の子どもに貧富や人種の差によって生まれる教育の格差をなくそうという着想とテレビを結びつけたものでした。

当時アメリカの子どもが週平均40数時間もテレビを見ていること、それは低所得層の家庭でも同じことから、テレビそのものを教育に活用できないかという発想で、1968年(昭和43年)にチルドレンズ・テレビジョン・ワークショップが創立されました。

セサミストリートは、「数をかぞえる」「アルファベットや言葉を覚える」という読み書き・算数の基礎から、社会性の発育などのエッセンスをたくさん盛り込み、1969年(昭和44年)にスタート。1時間番組ながら、1日に2回くり返し、土曜日には再々放送が流れ、1週間で同じ番組が3回見られる画期的な番組となりました。

またマリアとルイスはプエルトリコ人という設定で、80年代頃からは英語だけでなく、簡単なスペイン語も出て来ました。私も、20までの数やあいさつは覚えてます。(笑)

NHKでは70年代から80年代初めの夏休み・冬休みには、午前と午後の2回、同じものを放映していたと思います。午前はテキストを追い、午後はそのまま視聴することで、私はまるでセサミストリートに毎日遊びに行っているような感覚になったものです。これが今思えば、異国文化への入り口となっていたんですね。

今ではYOU TUBEで、懐かしいセサミストリートをいつでも楽しむことができます。良い時代になったことに感謝です。